新しい命の誕生を家族4人で喜んだ日もあった。 ©2012 MONKEY TOWN PRODUCTIONS
新しい命の誕生を家族4人で喜んだ日もあった。 ©2012 MONKEY TOWN PRODUCTIONS

この数年、家族の死亡を届けずに公的年金の受給を継続したまま生活する事件が発覚している。そうした出来事を短絡的に年金搾取事件として決めつけず、身近に起こりがちな出来事をきっかけに暮らし向きが立たない、現代の日本社会の現実と悲劇性を丁寧に掘り起こしていくシリアスなドラマだ。

オランダ人ジャーナリストのカレル・ヴァン・ウォルフレンは、最新の著書『いまだ人間を幸福にしない日本というシステム』で、官僚独裁で動いている自動操縦システムの論理と実態を看破している。そうした中央集権的な社会機構の機能不全は長く続いてきた。いまや地域コミュニティの崩壊は、都市部にとどまらず地方社会にも浸透している。核家族化が行き着いた無縁社会での孤立死や、うつ病者の急増。東日本大震災は、死亡・行方不明者は2万人におよぶ大惨事だったが、10年の自殺・行方不明者は3万人を超えていた。目標が見いだしにくい閉塞的な社会の中で、この作品は、非業の死に追いやられていく悲惨さ、切なさへの悼みに溢れている。

大工職人として父親の不二男(仲代達矢)。息子の義男(北村一輝)は、数年前にリストラされたことからうつ状態になり食にも就けず、父親の年金を頼りに暮らしている。妻・とも子(寺島しのぶ)は、義男が失踪した時に耐えきれなくなり、子どもと一緒に実家の気仙沼へ帰っていった。母の良子(大森暁美)は、義男が突然帰宅した日に、買い物に行っていたスーパーで倒れ、そのまま亡くなった。

良雄は、母の一周忌に退院した父・不二男を自宅に連れ帰ってきたが。 ©2012 MONKEY TOWN PRODUCTIONS
良雄は、母の一周忌に退院した父・不二男を自宅に連れ帰ってきたが。 ©2012 MONKEY TOWN PRODUCTIONS

2011年11月。大病を患い入院していた不二男が、木造平屋の自宅に一時退院し、7か月ぶりに帰宅した。ちょうど良子の一周忌。帰宅早々、自分が座っていた定位置のことで、義男とひと悶着する。不二男が入院している間も、月6万円の年金で切り詰めながら生活してきた義男自身、不甲斐なさに悶々としている。
翌日。不二男は、まだ納骨していない良子のお骨と遺影がある仏間の引き戸をくぎで打ちつけて、だれも入れないようにした。食事も水も摂らずミイラになるのだという。ただ、生存確認のために毎朝一度だけ挨拶の声を掛けろと義男に命じる。そして、職に就いて自立できるまで年金を受け取って食いつないで生きろと。

モノクロームを基調に、4人家族が笑顔を交わして暮らしていた時期をパートカラーで映しだす安らぎ。だが、不思議とモノクロームで記録されているかのような家族の時期それぞれに息づかいと色づきが感じられてくる。どの家族にも、それぞれの時期の色合いがあるからなのだろうか。

映画は主演を浮かび上がらせる。この作品の出演は主に4人。だが、その一人ひとりが主演のように、その言葉と行為が自分の明日であるかのように切実に伝わってくる。小林監督の洗練された脚本と出演者たちの決意をもった確かな演技は、非業の死に歩まされた人々への鎮魂。

不遇の息子を生かそうとする父親の反骨。その反骨を意を決し受け止める息子。うつに苦しむ息子を見つめる母親と息子の妻。それぞれの立場に誇張はなく、切なく、身につまされる。だが、暗くはない。静かだが、民衆の一人ひとりが’生’への重い叫びを発している。監督たちのそのような確信が感じられる。 【遠山清一】

監督・脚本:小林政広 2012年/日本/101分/映倫:G/ 配給:太秦 2013年8月31日(土)より渋谷ユーロスペース、新宿武蔵野館、横浜ジャック&ベティ、小田原コロナシネマワールドほか全国順次ロードショー。
公式サイト:http://www.u-picc.com/nippon-no-higeki/
Facebook:https://www.facebook.com/nippon.no.higeki