植物状態になった娘ローザのため女優のキャリアを捨てて看病する母 ©2012 Cattleya Srl - Babe Films SAS
植物状態になった娘ローザのため女優のキャリアを捨てて看病する母 ©2012 Cattleya Srl – Babe Films SAS

人間には生命の終わりを決する尊厳を有しているのか。難病や重篤な病を宣告されたり、植物状態の親やわが子の死期を決することができる権利があるのだろうか。

この重く繊細な問題をベロッキオ監督は、イタリアで2009年2月に起きた17年間植物状態にあった女性エルアーナ・エングラーロの延命装置停止許可の騒動をドキュメンタリー的な時間軸に設定し、尊厳死と人間愛をめぐる3つの物語で描いていく。

エルアーナ・エングラーロの延命装置停止をめぐる問題の発端は、エルアーナが21歳のとき自動車事故で病院に運ばれ意識を回復することなく植物状態になった。長引く延命治療を行なっても、治療方法も見当たらず、両親は事故が起こる前から娘は延命医療を望んでいなかったことを理由にあげ、安楽死は法律上認められていないが、延命装置を拒否する権利は認められるとして延命装置停止を求める裁判を起こした。自己呼吸は出来ているが、栄養補給などの延命装置を外すと2週間程度で絶命するだろうと予測されていた。長い裁判の結果、最高裁は治療打ち切りを認める判決を2008年11月に下した。

これに、カトリック教会は、’殺人行為だ’として強い反対を表明し、病院前での抗議と祈りを行なおうと呼びかけた。世論の六割は両親の長年の心労に理解を示し、延命装置停止を容認する。だが政府は、09年2月に延命装置停止を阻止する法案を作成し、緊急会議を開いて可決しようとする動きを見せ、国内の論争は過熱する。

自殺願望の強いのロッサを見過ごすことができないパリッド医師 ©2012 Cattleya Srl - Babe Films SAS
自殺願望の強いのロッサを見過ごすことができないパリッド医師 ©2012 Cattleya Srl – Babe Films SAS

第1の物語は、妻を亡くした国会議員トニ・セルビッロ(トニ・セルビッロ)とその娘マリア(アルバ・ロルバケル)。トニは、延命装置停止に賛成の立場だが党の方針は停止に反対する。個人としての考えを通すか、議員としての立場を守るべきか思い悩むトニに、マリアは反発して延命装置停止に反対するデモに加わって行動する。マリアは、病気で苦しんでいた母親を、父トニが殺したのではないかという疑念を抱き続けていた。そのマリアは、エルアーナが転院した病院の町で、延命装置停止に賛成する側のデモに参加していた青年ロベルト(ミケーレ・リオンディーノ)を恋してしまう。

第2の物語は、薬物中毒患者で自殺願望の強い女ロッサ(マヤ・サンサ)と医師のパッリド(ピエール・ジョルジョ・ベロッキオ)。病院の周りをうろついては、薬を盗もうとする。その現場を取り押さえられたロッサは、ちょっとした隙に自分の手首を切って自殺を図った。手当てするパッリド。薬物の影響もあってか眠り続けるロッサ。死のうとする女性を、ひたすら看病し助けようとするパッリド。2人に正面から向き合えるときは訪れるのだろうか。

第3の物語は、植物状態で自宅のベッドで眠り続けるローザをキャリアをすべて捨てて看病する元女優の母親(イザベル・ユペール)。母親を尊敬する息子のフェデリコは、母に認められたい思いから役者を志望し熱心に努力するが、母親からの愛は返ってこない。眠り続けるローザと母親の関係を妬ましく思うフェデリコは、ある行動へと駆り立てられていく。

3つの物語は、エルアーナの延命装置停止のテレビニュースをそれぞれの場所で見ながら、人間の生死に関わらざるを得ない情況と、死に臨もうとしている人への愛とは何かについて思いを巡らし、行動していることが共通項として存在している。
ベロッキオ監督は、答えを指し示すような物語を提示してはいない。それぞれの立場で、愛する人を、いま関わっている人をそれぞれに思い浮べながら考えるようにと、静かに深く問いかけている。 【遠山清一】

監督・脚本・原案:マルコ・ベロッキオ 2012年/イタリア=フランス/イタリア語/115分/原題:Bella addormentata 配給:エスパース・サロウ 2013年10月19日(土)よりシアター・イメージフォーラム、梅田ガーデンシネマほか全国順次公開。
公式サイト:http://nemureru-bellocchio.com
Facebook:https://www.facebook.com/NemureruBellocchio

2012年ヴェネチア国際映画祭メルチェロ・マストロヤンニ賞・ブライアン賞、サンパウロ国際映画祭批評家賞、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞助演女優賞受賞、第25回東京国際映画祭ワールドシネマ部門正式出品作品。2013年ダヴィッド・デイ・ドナティッロ賞(イタリア・アカデミー賞)助演女優賞[マヤ・サマンサ]受賞、ナストロ・ダルジェント(イタリア映画評論家協会)賞6部門ノミネート・年間特別ナストロ賞受賞作品。