アリ・サクバンの遺された家族。 © ソネットエンタテインメント/綿井健陽

イラクが大量破壊兵器をの保有しているなどを口実に、アメリカ主体のイギリス、オーストラリアなどの有志連合が軍事介入したイラク戦争。サダム・フセイン大統領の独裁政権からの’イラクの自由作戦’と銘打ったこのイラク戦争には、日本も支持し’人道復興支援活動と安全確保支援活動’を名目に自衛隊を派遣している。だが、ほんとうに’イラクの自由と解放’のための戦争だったのだろうか。アメリカのブッシュ大統領によるイラク戦争終結宣言後の10年を、ある家族の歩みを追ったこのドキュメンタリーは、日本がイラク戦争を指示した事実の意味を改めて想起させ、問い掛けている。

2003年3月、アメリカ・イギリス連合軍による首都バグダッド空爆でイラク戦争の口火が切られた。綿井監督は、ホテルの部屋から市内を流れるチグリス川の対岸にある大統領府周辺への夜間空爆の様子を撮影する。
4月9日、バグダッドは陥落した。市内に侵攻してくるアメリカ軍兵士に、この戦争は虐殺ではないのかと質問する綿井監督、兵士は「イラクの人々を(フセインの独裁から)解放しに来た」と答える。だが、陥落後もバグダッド市内への空爆は続いた。綿井監督が取材で出会ったアリ・サクバンの家にも着弾し、アリの3人の子どもたちが亡くなった。病院で手当てを受ける娘の手を握りながら、「この子が何をしたというんだ!」と叫ぶアリ。
アリ・サクバンは、イラン・イラク戦争(1980年―88年)で2人の兄はじめ4人の家族がなくなっている。アリは、仕事をしたくても職がない。両親と妻子らの生活費は、徴兵されて亡くなった2人の兄の遺族年金で賄われる。
フセイン政権が倒れるとイスラム内の宗派間抗争がテロや襲撃事件を引き起こし泥沼化していく。アリ・サクバンの家族を追いながら、フセイン政権崩壊後のバクダッドの10年間を生きた人々の考えの変化と意見が紡がれていく。

アメリカ軍のバクダッドへの爆撃で3人の子らを亡くしたアリ。綿井監督との出会いは悲惨な情況だった。 © ソネットエンタテインメント/綿井健陽

バグダッドは今も、市場や道路ではいつ爆破や銃撃が起こるか分からない。唯一、安全と解放感を実感できるのは、チグリス川の遊覧船の上でくつろぐときくらいだとイラク障害者団体スタッフのアフメド・ヤシンは語る。フセイン政権が倒れた後、イラクの秩序は失われ、銃撃や誤爆で多くの犠牲者、障害者が作り出されてきた。民兵の狙撃に対抗したアメリカ軍の誤爆で両足を失った24歳の女性ザイナブは、「アメリカ軍にすべての責任があると思う。アメリカだけじゃない、それを支援したすべての国々にも責任がある。日本にも」と言う。その日本の閣議決定は、自衛隊の派兵をより進展させることでザイナブに答えようとしているのだろうか。 【遠山清一】

監督:綿井健陽 2014年/日本/アラビア語、英語/108分/ドキュメンタリー/BD・DCP/英題:Peace on the Tigris 配給:東風 2014年10月25日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開。
公式サイト:http://www.peace-tigris.com/