ジャレット(左)は、寮のルームメイトのある行動がきっかけで両親に自分がゲイであることを告白する (C)2018 UNERASED FILM, INC.

日本でもLGBT(レズ・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)などセクシュアル・マイノリティの基本的人権や人格権の保障を求める訴訟が報じられ、映画でも2月から公開されている「サタデーナイト・チャーチ 夢を歌う場所」(https://クリスチャン新聞.com/?p=23234)のようにセクシュアル・マイノリティと教会のかかわりを舞台にした作品が公開されている。本作「ある少年の告白」は、自分自身の性的指向がゲイであることを両親に告白した牧師の息子が、幼いときから親しんできた聖書の教えでは“罪”とされるゲイから解放されたいと思いながらも、異性よりも同性の男性に惹かれてしまう自己との葛藤。そして父親には受け止めてもらいたいという切なる願い。自分自身のアイデンティティと信仰との相克を回想した実話の映画化で、セクシュアル・マイノリティと信仰のかかわり、教会への啓発的な問いかけを持った佳作。

牧師の息子がゲイと告白し驚愕
信仰とアイデンティティに悩む

アメリカ中部の田舎町。大学生の息子ジャレット(ルーカス・ヘッジス)は、バプテスト教会の牧師で自動車販売会社を経営している父親マーシャル(ラッセル・クロウ)と美容師の母ナンシー(ニコール・キッドマン)に育まれ、学校にスポーツに充実した生活を送っていた。

だが、ある日、寮のルームメイトにレイプされそうになった出来事をきっかけに、ジャレットは自分がゲイであるかもしれないと良心に告白する。驚きとショックを隠せない両親。マーシャルは教会の長老と相談し、ジャレットに「お前も変わりたいと思わないか」と矯正治療(コンバージョン・セラピー)を受けるように勧める。自分でもなぜゲイなのかが分からないジャレットは、“罪”として教えられてきた性的嗜好から解放されて“変わりたい”と思ったのか、苦渋に満ちた表情で父親の勧めを受け入れる。

母ナンシーが運転する車で、ジャレットはキリスト教系の矯正施設へ向かう。受付では「治療内容はすべて内密にすること」など細かな禁止事項を説明され、携帯はもちろん私物はすべて保管される。男性と触れ合うことは厳しく禁じられ、一人でトイレに行くこともヴィクター・サイクス許されない監視下で12日間の救済プログラムが始まる。最初に、チーフ・セラピストのヴィクター・サイクス(ジョエル・エドガートン)が、「生まれつきの同性愛者はいない。選択の結果だ」と宣告する。セクシュアル・マイノリティの問題を、アイデンティティのかかわりを完全に否定し、矯正すべき性の嗜好であり罪の問題として原因を厳しく追及させ“悔い改め”を強要していく。

ジャレット(右)はアートスクールで知り合ったゼイヴィアに初めて思慕する (C)2018 UNERASED FILM, INC.

父方、母方の血縁関係を書きの抑圧された空気の中で過去の出来事や家族関係の些細ないざこざも執拗に問い詰める、マインドコントロールのようなセッションの連続。同性愛の体験を告白するセッションでジャレットは、アートスクールで出会ったゼイヴィア(セオドア・ペレリン)への思慕を最初の出来事として正直に告白するが、プラトニックな内容にヴィクターは「嘘をついている!」と決めつける。“救済プログラム”の効果が見られないとさらに長期間の入所が必要と判断せれる。同じ入所者のゲイリー (トロン・シヴァン)が近づいてきて「ここでは役を演じるんだ。自分を失いたくないなら…」と助言する。強い疑念を抱き混迷するジャレット。施設の近くのホテルでプログラムの修了を待っていた母親のナンシーは、入所する前後からジャレットの様子を観ていて、ずっと「何かが違う」と感じていた…。

衝撃の原作に心動かさ
れた出演者たちが熱演

原作は、ガラルド・コンリーが体験から10年後に出版した回想録「Boy Erased: A Memoir of Identity, Faith, and Family」(消された少年:アイデンティティと信仰、家族の回想、2016年刊)。「生まれつきの同性愛者はいない。選択の結果だ」と決めつけた“罪”からの救済プログラムは、少年たちのアイデンティティを消し去っていく。ついには自死へと追い込まれる少年もいる。その実態を告発した衝撃の回想録に、監督・脚本・製作そしてヴィクター・サイクス役も演じているジョエル・エドガートンはじめニコール・キッドマンや自らゲイとカミング・アウトしているポップミュージシャンのトロイ・シヴァンら名優、アーティストたちが共鳴し出演している。監督・出演しているジョエル・エドガーは「私たちは一人ひとり違うかもしれないけれど、愛という本質的な感情を共有している。愛は常に勝利する。愛はいつだって勝つのです。それがこの映画の描くところなのです」とコメントしている。その熱気が出演者たちの演技から熱意として伝わってくる。

アイデンティティとセクシャル・マイノリティの問題が、現代の聖書解釈と適用にどうかかわるのか。その解決はすぐには見つからない。だが、聖書を独断的に解釈し教条的に強要しようとするところには、神の愛と癒しに導かれた悔い改めが生起することはない。アイデンティティを消し去ろうとする矯正セラピー施設での体験による実態を新聞記事で告発したジャレットが父マーシャルオフィスを訪ねて関係を再生しようとするラストのシークエンスは、互いに愛と勇気をもって向き合う清々しい姿に心を打たれる。【遠山清一】

監督:ジョエル・エドガートン 2018年/アメリカ/115分/原題:Boy Erased 配給:ビターズ・エンド、パルコ 2019年4月19日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー。
公式サイト http://boy-erased.jp
Facebook https://www.facebook.com/BoyErased.JP/

*AWARD*
2019年:第76回ゴールデングローブ賞最優秀主演男優賞(ルーカス・ヘッジス)・最優秀主題歌賞(「Revelation」)ノミネート。 2018年:第23回サンディエゴ映画評論家協会賞助演女優賞(ニコール・キッドマン)受賞。第8回AACTAオーストラリア・アカデミー賞助演女優賞・脚色賞(ジョエル・エドガートン)受賞。第16回サンディエゴ国際映画祭観客賞受賞ほか多数。