仕事先の写真館で両親との写真を撮ろうとするジョーだが…

1960年代のカナダに近い山間にある田舎町を舞台に、互いを思い合っている幸せな家族が、ふとしたことをきっかけに、疑心暗鬼の渦に陥り“野生動物”のように理性を失い崩壊の危機にある家族の姿を、思春期の少年の目を通して描いている。互いに心の傷を深く負った両親。息子役のエド・オクセンボールドが、子どもであることの非力さと戸惑いのなかにあっても親である二人への敬意と信頼を持ち続けようとする心の成長を瑞々しく演技していて、美しい映像とともに再生への兆しを感じさせてくれる。

「人は善きことを記憶するために写真を撮る」

カナダ国境に近いモンタナ州の山間にある田舎町に引っ越してきたブリンソン一家。夫のジェリー(ジェイク・ギレンホール)は、ゴルフ場のティーチングプロの仕事に就いている。14歳の息子ジョー(エド・オクセンボールド)はスポーツマンで、ジェリーはアメリカンフットボールの選手にもなれるのではと期待を寄せるが、元代用教員だった妻ジャネット(キャリー・マリガン)は、そんな父子を微笑ましく見つめながらも、もっと勉強してほしいと願っている。両親に愛されていることに満足しているジョー、仲睦まじい両親を尊敬し慕っている。

しがし、経済的には家族の暮らしは不安定だった。そして、ある日突然、ジェリーがゴルフ場から解雇されてしまう。これまでにも幾度か職を変えてきたジェリーに、ジャネットは不安を隠しながら夫に励ましの言葉をかける。だが、しばらくしてゴルフ場から解雇を取り消すとの連絡が入った。電話を受けたジャネットはジョーと共に喜ぶが、ジェリーは、プライドからかゴルフ場には戻らないと言い張る。だが、すぐに職を見つけるわけでもなく酒の量も増えていく。

夫はあまり快く思ってはいないが、ジャネットは懸命に仕事を探しスイミング教室のコーチの職を見つけることができた。そんな母を助けようと、ジョーもアメフトをやめて町の写真館のアルバイトに就いた。写真館の主人は、ジョーに仕事を教えながら「人は善きことを記憶するために写真を撮る。幸せな瞬間を永遠に残そうして。その手伝いだ」と優しく説く。主人の言葉に、ジョーは心に響いたかのように頷く。

ジェリーの突然の失業から徐々に互いの思いに亀裂が生じていく…

テレビで山火事のニュースを見たジェリーは、「山火事の消化に行く」と言い出した。「何かの役に立つ仕事がしたい」というジェリーに、ジャネットは「あなたは逃げているだけだ。時給1ドルで、死ぬかもしれないのに馬鹿げている」と激しく反発するが、ジェリーは耳も傾けず山へ向かった。

ジェリーが家を出てから、ジャネットの心の何かが弾けた。優しかった母親の笑顔が消え、化粧が濃くなっていく変化に戸惑うジョー。ある日、家に帰ると、戦争で脚を負傷した中年のミラーという男性とジャネットが談笑していた。ミラーを見送った後、ジャネットは、ミラーが経営している自動車販売会社で雇ってもらうつもりだと言う。ミラーに急接近していくジャネットにジョーは不安を覚える。

ある日、ジャネットは山火事の現場に行こうとジョーを誘い出す。燃え盛る炎を見つめながら「この炎が彼を駆り立てる。理解できない」とつぶやくジャネット。帰り道に寄ったダイナーでジャネットは、自分の思い出や心の不安をジョーに話すうち「父さんには女がいる」と決め付けるように言う。ジョーは、ジャネットの疑いを否定しながら励まそうとするが、ジャネットの心はどこか閉ざされていく…。

いつしか作られていた家族像から
解き放たれていく3人の心象風景

映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007年)でポール・サンデー/イーライ・サンデーの二役で英国アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた俳優ポール・ダノが、リチャード・フォードの同名小説を原作にパートナーのゾーイ・カザンと共同で脚本を書きメガホンを執った初監督作品。国境に近い山間の町の情景の美しさ、山火事の消火現場のリアルさ、それらのシーン一つひとつが、夫、妻、思春期の息子の心象を描写していて響いてくる作品です。

1950年末から60年代半ばのテレビホームコメディ「うちのママは世界一」(原題:The Donna Reed Show)は、日本でもテレビ放映され、アメリカの中産家庭の生活観や主婦像に日本の多くの視聴者も憧れを抱いた。元教師だったジャネットが、夫を支え息子を愛する姿は、当時のアメリカの母親像を彷彿をさせられる。だが、夫婦の信頼関係が崩れ、30代半ばになったジャネットは、夫がいなくなった家をどう守るのか。心の奥底に仕舞い込んできた“自己犠牲”が埃のように舞い上がって来て心を覆い、女性としての自分の在り様に揺らいでいく心理描写をキャリー・マリガンがみごとに演じている。そうした両親の心の傷を見つめて成長していくジョーが、関係を修復しようとするがまだ素直になれない両親を愛おしく自分の心に残そうとするラストシーンに深く感じさせられる。 【遠山清一】

監督:ポール・ダノ 2018年/アメリカ/105分/映倫:PG12/原題:Wildlife 配給:キノフィルムズ 2019年7月5日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー。
公式サイト http://wildlife-movie.jp
公式Twitter https://twitter.com/wildlife_movie

*AWARD*
2018年:ニューヨーク映画祭正式出品。トロント国際映画祭正式出品。サンダンス映画祭正式出品。カンヌ国際映画祭正式出品。