映画「エセルとアーネスト ふたりの物語」ーー時流に押し流されないで生きた“二人の世界”
文章のない絵本『スノーマン』(1978年刊)や郊外に暮らす初老の夫婦が戦争で核爆撃に遭い放射線で次第に衰弱していく情況を描いた絵本『風が吹くとき』(1982年刊)などの著者レイモンド・ブリッグズが、彼自身の両親が結婚してからの暮らしを描いた『エセルとアーネスト』(1998年刊)のアニメ映画化。第2次世界大戦、冷戦時代を生きた両親へのリスペクトが、当時のポピュラーソングに乗って温もりのあるアニメーションで柔らかく心に届いてくる。
【あらすじ】
1928年、ロンドン。貴婦人のメイドとして働くエセル。ある日、屋敷の二階窓から黄色い雑巾の誇りを振り払っていると、牛乳配達のアーネストが自転車で職場に向かう途中通りかかり偶然二人の目が合った。アーネスト手を振っているように勘違いされてはと、すぐに身を隠すエセル。アーネストは毎日通る道なので、エセルに会えることを期待するのだが…。アーネストは意を決してエセルを映画に誘い、デートに成功する。
2年後、結婚した二人は、ロンドン郊外に25年ローンで小さな家を購入する。大理石の柱に、鉄の門扉、風呂に水洗トイレもついてエセルの夢は一つ実現するが、ローンを完済できるだろうかと現実的な心配も。だが楽観的なアーネストは、「来週から給料も上がるし、大丈夫だよ」と励まし、中古のソファーやガスレンジなどを見つけてきては少しずつでも快適な新婚生活をと頑張る。
3年後、二人は息子レイモンドを授かり喜ぶが、医者は高齢出産のエセルを心配しこれ以上の出産は危険だと警告されてしまう。レイモンドの成長を見守る幸せに浸る二人だが、ドイツにヒトラー政権が成立し戦争の影が英国を覆っていく。レイモンドが5歳になった1939年、英国はドイツに宣戦布告。やがて150万人の子どもたちを地方へ疎開させる政策を政府が発した。泣く泣くドーセットの親戚の家にレイモンドを送り出す。ロンドンではドイツの無人ロケットV1爆撃機の攻撃にさらされ、庭のシェルターに身を隠す二人。アーネストは消防活動や救助活動に出掛けるが、爆撃の悲惨な情況に動揺し心を痛める。苦しむアーネストを抱きしめて励ますエセル。
戦争は終わったが、なかなか進まない物資不足解消と経済復興。保守党支持のエセルと労働党支持のアーネストでは、政治についての意見は噛み合わないが、互いの愛情と信頼感が揺らぐことはない。50年代、60年代と社会は加速度的に変化していき、レイモンドも成長し美術学校の教師になり、恋人ジーンをエセルとアーネストに紹介する…。
【見どころ・エピソード】
出会い、結婚、ローンを組んでのマイハウス、戦争、原爆で戦争の様態が変わる危機感を感じ取り、戦後の物資がない時代から冷戦のなかで加速する科学と物資主義への進展、初めてのマイカーと息子と恋人の新しい価値観に直面するエセルとアーネスト。揺れ動く時代を生き、子育てし、暮らしを守る二人は政治的意見は異なっていても、しっかり向き合い二人の価値観を融合しあい寄り添っていく。原作者レイモンド・ブリッグズ自身が参画し、手描きアニメーションによる原作の見栄えを追求した仕上がりは、1930年なかごろから70年代初期にかけての街の風情、ファッションなどをエセルとアーネストの二人の世界の温もりとして伝わってくる。
原作の絵本にはないそれぞれの時代の音楽が心に響いてくるのも映画ならでは。初めてマイカーにトライアンプを購入し、ドライブするカーラジオからインストゥルメンタルのロックバンド、ザ・シャドウズの“Foot Tapper”(1962年)が流れてくるのが懐かしい。新聞やテレビから時事的な話題を語り合うときに欠かせない紅茶。アーネストが答えに詰まると「紅茶を入れようか」と時間を稼ぐ微笑ましさ。懐かしさだけではなく、日々の暮らしの中にたくさんのエキサイティングな生活がちりばめられており、夫婦で紡いで生きていくことの愛おしさに触れて、家族で語り合える物語だ。【遠山清一】
監督:ロジャー・メインウッド 2016年/イギリス=ルクセンブルク/94分/アニメーション/原題:Ethel & Ernest 配給:チャイルド・フィルム、ムヴィオラ 2019年9月28日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー。
公式サイト https://child-film.com/ethelandernest/
公式Twitter https://twitter.com/childfilmjp/
Facebook https://www.facebook.com/childfilmjp/