サラーム(左)の脚本にいろいろ注文を付けてくるアッシ。 (C)Samsa Film – TS Productions – Lama Films – Films From There – Artemis Productions C623

イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)・アラブ諸国との緊張関係が絶えないパレスチナ問題。現在のエルサレムとヨルダン西岸地区に暮らすイスラエル人とパレスチナ難民の情況と本質を衝いたコメディタッチの映画「テルアビブ・オン・ファイア」が11月22日に公開される。このシリアスなパレスチナ問題をあえてコメディ映画で描いたサメフ・ゾアビ監督に話しを聞いた。【遠山清一】

劇中劇「テルアビブ・オン・ファイア」
TVドラマ撮影に口出しするイスラエル将校

ヨルダン川西岸地区にあるパレスチナ自治区ラマッラーのテレビ局で人気ドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の撮影が進んでいる。エルサレムに住むパレスチナ人のサラーム(カイス・ナシェフ)は、叔父バッサム(ナディム・サワラ)がプロデューサーを務めているコネでアシスタントとしてドラマの製作にかかわっている。住まいのエルサレムからラマッラーのテレビ局へは毎日検問所を通って車で通勤している。

ドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の時代設定は、1967年6月の第三次中東戦争が起こる3か月前。フランス出身のパレスチナ人女性スパイのラヘル(ルブナ・アザバル)をエルサレムへ送り出し、イスラエル軍将校イェフダ(ユーセフ・スウエイド)から情報を得ようと画策する。ラヘルはエルサレムに開業したフランス料理店オーナーとしてイェフダと親しくなることに成功。ところが、二人は本気で愛し合ってしまう…。

パレスチナ人とイスラエル軍将校のラブストーリー「テルアビブ・オン・ファイア」は、パレスチナ人だけでなくイスラエル人の婦人たちにも人気が出始めた。サラームが女性脚本家とセリフの表現で口論になり脚本家はドラマを降りてしまう。急きょ脚本を書くことになったサラームだが、エルサレムに入る検問所で不用意な発言をして検問所司令官のアッシ(ヤニブ・ビトン)の尋問を受けた。アッシは、サラームが「テルアビブ・オン・ファイア」の脚本を書いていることを知ると、ドラマ展開のなどに注文をつけてくる。パスポートを取り上げられ、放送内容に反映させないと返さないと脅されるサラーム。ところが、アッシのアドバイスは功を奏し番組の人気はうなぎのぼりの上がっり、サラームはアッシのアイデアを積極的に聞き出していく。アッシが求めた謝礼は、アラブ料理のフムス。やがてアッシは、イェフダとラヘルの顛末にまで口出してきた。サロームは、叔父バッサムとアッシの板挟みになりつじつま合わせに翻弄されながらパレスチナとイスラエルの歴史観と民族的感性も浮き彫りにしていく…。

<サメフ・ゾアビ監督>
イスラエル・ナザレに近いパレスチナ人の村イサクㇽ出身。テルアビブ大学卒業後に映画と英文学を学ぶため米国コロンビア大学に留学。本作が初の長編映画作品。

コメディタッチでパレスチナ
問題を描いた初めての長編映画

ーーパレスチナ問題をコメディタッチの長編映画で作品にしたのはゾアビ監督が初めてといわれるが、かなり勇気がいることだったのではないですか。
ゾアビ監督:この長編作品の前に、パイオニア的に短編作品を1本撮りました。少しおもしろい視点で作る努力をしましたが、新鮮な視点には捉えてもらえずに、あまりシリアスに捉えていないだけの作品と受け止められたようで、受けはあまりよくなかったです。でも、私としては自分のスタイルを確立したいと思って、この長編作品に取り組みました。十分に練りましたし、最初の30秒で誰も笑ってくれなかったら、うまく伝わっていないことだなと、私のキャリアが終わるかもしれないというリスクは抱えている覚悟はありました。

ーーでは、この評価と成功は喜ばしいですね。
ゾアビ監督:はい。気分はいいですね。

ーー監督がコメディタッチにこだわったのなぜですか。
ゾアビ監督:コメディタッチにしたのは、私がパレスチナ人として育った現実に対して正直であるためです。絶望感は絶え間なく漂っていますが、それでも食卓にはユーモアのセンスとスピリッツがあります。この作品は、この相反する考えをダイレクトに扱っています。

ーーサラームは検問所を通って毎日エルサレムとラマッラーのテレビ局を往復しますが、エルサレムと自治区を分離する壁に沿って車を走らせるシーンが象徴的に描かれていますね。私は、ジャッキー・サッローム監督のドキュメンタリー映画「自由と壁とヒップホップ」(2008年、日本公開2013年)で若者たちがピップホップで自由と壁を訴えるメッセージのように思えたのですが、監督は分離壁を走らせるシーンに込めた思いは何ですか。
ゾアビ監督:サラームが分離壁を車で走るシーンは、観客を少し驚かせたい意図があります。観客は、映画「自由と壁とヒップホップ」などでパレスチナ現状を見せられて、受け入れてしまっているところがあるように思います。でも、検問所でのやり取りなどを知らない観客にとってはかなりインパクトがあるのではないでしょうか。
いま、オスロ合意(*)の後、いろいろ試みてきた修復策は結局うまくいかず、国も国際政治も管理はしていますが、(パレスチナとイスラエル問題の)解決策は何も提示していません。ですから、テルアビブにいる人たちはテルアビブのことだけ、ラマッラーの人はラマッラーで現実とそこのことだけを見ていて、ほかの所のことは知らないのです。占領状態という事実が無いかのようにしていて話さない。サラームとアッシにしてもそうです。自分の関心のあることしか、あるいは自分のいる所のことだけで話しているので、一瞬、私たちは(占領状態の現実を)忘れてしまいます。分離壁を車で走るシーンは、「あ、壁がある! そうだ、占領というのは、いくらサラームとアッシの二人がテレビドラマを共作していても、(隔ての)壁があるという現実を思い起こすことでしょう。

映画「灼熱の太陽」に主演したルブナ・アザバルがラヘル役で初のコメディ作品に出演。 (C)Samsa Film – TS Productions – Lama Films – Films From There – Artemis Productions C623

*オスロ合意*ノルウェー政府の尽力が功を奏し、1993年8月にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)との間で合意された協定。だが2006年にイスラエルが、ガザ地区・レバノンへ侵攻したことにより、事実上崩壊したとアラブ連盟では見做されている。

ーー映画「灼熱の魂」(2010年、日本公開2011年)で主演したルブナ・アザバルが、女性諜報員ラヘルを演じているのが意外でした。
ゾアビ監督:「灼熱の魂」のプロデューサーがこの作品のプロデューサーの一人で、彼女を推薦していました。だが彼女は、ヘブライ語もアラビア語も話せないので、モロッコ訛りのアラブ人という設定にして脚本も変えました。そう、問題があると脚本を直す、まさに映画のなかそのままですね(笑)。でも、結果的には彼女を起用できたことには満足しています。彼女は初めてのコメディ映画だったそうですが、彼女の素のままでしたよ(笑)。

ーー昨年の第31回東京国際映画祭に出品されましたが、公開が近づいている日本の観客に一言いただけますか。
ゾアビ監督:ぜひ楽しんでもらいたいです。そして、何か一つでも気づきや学べることが見つかればうれしい。

ーーありがとうございました。

監督:サメフ・ゾアビ 2018年/ルクセンブルク=フランス=イスラエル=ベルギー/アラビア語、ヘブライ語/97分/映倫:G/原題:Tel Aviv on Fire 配給:アットエンタテインメント 2019年11月22日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。
公式サイト http://www.at-e.co.jp/film/telavivonfire/
公式Twitter https://twitter.com/telavivonfirejp
Facebook https://www.facebook.com/telavivonfirejp/

*AWARD*
2018年:第75回ベネチア国際映画祭InterFilm部門作品賞・オリゾンティ部門主演男優賞(カイス・ナシェフ)受賞。第45回シアトル映画祭作品賞受賞。第31回東京国際映画祭コンペティション部門出品作品。