「台湾アイデンティティー」の芽生えか 総統選を教会はどうとらえたか?

 第7回目となる台湾総統選挙が1月11日に行われ、現職で民進党の蔡英文氏が史上最多票となる817万票を獲得して総統再選を果たした。同時に行われた立法委員(国会議員)選挙でも民進党が単独過半数を獲得し、国民党に勝利した形となった。台湾の諸教会は今回のことをどう受け止めていたか。台湾在住の台湾キリスト教史の研究者、高井ヘラー由紀氏(南神神学院助理教授、日本基督教団信徒宣教師)が寄稿した。

 周知のように、1972年に「中華民国」が国連から追放されて以来、台湾は独立国家としての要件を備えているにもかかわらず、国際社会において国家として認知されることなく今日にいたっている。

 このような事態に対し、台湾最大のプロテスタント教会である台湾基督長老教会(以下、長老教会)は、国民党一党独裁政権時代に、台湾は「新しい独立国家」を志向すべきであるとの声明を発表し、強い圧力を受けた。同じく一党独裁期に国民党に対抗する「党外」運動として始まった民進党とは、このような経緯から近い関係を保ってきた。

 しかし、長老教会内でも従来から北部および原住民族(台湾における先住民の正式呼称)の間では国民党を支持する教会群が多く存在してきた。また、長老教会は神学的立場からいえば性的多様性に対して寛容だが、地域教会の多くは同性婚に反対している。昨年、蔡英文が同性婚を認める特別法を成立させたため、政治的には同じ独立路線であっても蔡英文を一枚岩では支持できない状況が生まれていた。

 ただし今回は何よりも、6月以降の香港情勢の影響により、台湾社会全体において中国に飲み込まれることへの危機感が高まった中での選挙であった。したがって、独立志向の長老派教会にとって、「一国二制度」を要求する中国への「ノー」を明確に意味する蔡英文再選は、同性婚に対する立場の相違を超えて絶対に必要な結果であった。

 その意味において、今回の選挙結果が同教会内の多数にとって歓迎すべきものであることは間違いない。ただ筆者にとって興味深かったのは、選挙翌日に出席した長老教会の礼拝で、選挙結果に失望しているか喜んでいるかにかかわらず台湾の苦境は続くこと、信仰者は政治的価値ではなく信仰的価値に照準を合わせるべきであると、牧師が説教の冒頭で述べたことである。

 一方、大方において国民党寄りの福音派教会群は、保守的な家族観を推奨し、上記の特別法を成立させた蔡英文に反感をもっている。福音派寄りの中道キリスト教雑誌「基督教論壇報」に掲載された記事では、今回の選挙結果は台湾人が「現状維持」を望んだ結果であり、仮に国民党が勝利しても「現状維持」できなかったとは限らないと国民党を擁護した上で、米国と中国の間に挟まれている台湾の苦境は、仮に台湾人全員が独立を望んだとしても打開はできない。むしろ、台湾が国際的競争力を保ち続けることができるよう、台湾を愛するキリスト教徒は、台湾の元凶である家庭崩壊、社会的雰囲気の暴力化、グローバル化社会から取り残される原因となる狭隘(きょうあい)な考え方を改善させるべきである、との持論を展開した。

 いずれにしても、「長老教会」および「非長老教会」の両陣営において、台湾の現在を「苦境」と捉え、政治的立場を超えて共に問題に立ち向かう必要を認識しているあたりから、以前には見られなかった長老派と福音派共通の「台湾アイデンティティー」が、キリスト教界においても緩やかに形成されつつある、と指摘できよう。