映画「名もなき生涯」ーー良心と信仰の自由を捨てられなかった実在の男の物語
自己の良心と思想信条を曲げることが出来ず、粗暴な政権や不正義に抗した名も知られず歴史に埋もれている人々は数知れない。フランツ・イェーガーシュテッタ(1907年5月20日~43年8月9日)もその一人。フランツは、レジスタンスのような戦闘的な抵抗ではなく、悪しき為政者ヒトラーに対して忠誠を誓えないことと「罪なき人を殺せない」という信仰的意志を捨てられないことから“兵役拒否”を表明した。同じ信仰者として夫の決意を励ます妻フランチェスカ(愛称ファニ)。だが、国を守るため出征している家族を持つ者や、戦死した遺族たちからは裏切り者として侮蔑され村八分の暮らしを強いられる。初めて実在の人物をモチーフにしたテレンス・マリック監督は、アルプスの大自然の美しさのなかに尊厳を守ろうとする生き方の厳しさ尊さを物語っていく。
反キリスト的な総統に
忠誠を宣誓できない…
28歳の青年フランツ(アウグスト・ディール)は、鉱山で稼いだ金でオートバイを買い、アルプスを望む故郷の山里ザンクト・ガーデングト村に帰ってきた。村でオートバイを持っているのはフランツただ一人。村のパーティにお気に入りのワンピースを着て出かけたファニ(バレリー・パフナー)は、フランツと出会い、お互いに一目惚れ、出会って間もなく結婚し、三人の娘たちを授かった。
カトリック教会の信仰が根強い村だが、フランツはやんちゃな男だった。だが、信仰深いファニとの結婚生活でフランツは変わっていく。村人たちと助け合いながら畑を耕し、妻子と母親、ファニの姉レジー(マリア・シモン)らとの暮らしを守っていく。1983年、ナチス・ドイツがオーストリアを併合し、兵士・公職に就く者たちはヒトラー総統への忠誠を宣誓することが求められる。徴兵訓練を受けてきたフランツだが、ヒトラーの言動に反キリスト的疑念を抱いていた。
フランスが侵攻していたナチス・ドイツに降伏し、村人たちは戦争が終わるのではとないか期待した。だが、ナチス・ドイツは戦線を拡張していき、村にも徴兵される人数が増えていく。フランツは、ヒトラーに対して忠誠を宣誓することに抵抗を感じ悩んでいた。教会の牧師や地区の司教らにも相談するが、教会は上の権威に従うことと国民の義務を果たすことの大切さを説くだけ。村人たちの噂にも上り、フランツと妻や家族たちに裏切りものでもあるかのように冷たい態度で臨むようになる。43年2月、フランツにも召集令状が届いた…。
自己の良心と信仰の自由は
カイザルのものか、神へか
戦後75年、自由に見える日本だが、同調圧力の息苦しさに覆われているような報道が目に付く。フランツと妻たちが、孤立していく中でも守り続けたもの。心はカイザルに宣誓するのか、神に向けて献げるものなのかの問いが現在につながっていることを教えてくれる。【遠山清一】
監督:テレンス・マリック 2019年/アメリカ=ドイツ/英語・ドイツ語/175分/原題:A Hidden Life 配給:ディズニー 2020年2月21日[金]よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー。
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*AWARD*
2019年:第72回カンヌ国際映画祭エキュメニカル審査委員賞受賞。2020年:第35回インディペンデント・スピリット賞ノミネート作品。