不条理の中でなお愛し続け…スキルス胃がんの三女美穂さんを天に送った 中村佐知さん

中村さん。撮影=石黒ミカコ

 アメリカ在住のキリスト教書翻訳者・中村佐知さんは、2015年春に、思いがけない宣告を受けた。三女の美穂さん(当時20歳)が背中の痛みを訴えて病院に行ったところ、最終的に下った診断は、スキルス胃がんの末期。筋肉痛かと思っていた背中の痛みは、がんの骨への転移による圧迫骨折だった。

 かねてより、フェイスブックやブログで自らの信仰の旅路を文章に表して発信していた中村さんは、この闘病の記録も克明につづった。16年春、美穂さんは天に召される。その11か月の記録が3年半の時を経て昨年秋に書籍化されると、読者からの大きな反応が続々と寄せられた。【結城絵美子

最期のことばは、三回繰り返して叫んだ「I love you!」

 自分の21歳の娘が末期がんに冒されていたら、その癒やしを祈らない親はいないだろう。中村佐知さんも、ちょっとした体の不調があるとしか思っていなかった三女の美穂さんに、「スキルス胃がんの末期」という診断が下ったとき、あまりのことにぼうぜんとしながら、その癒やしを切実に祈り求めた。

美穂さん自身もそれを望み、治癒の可能性はほとんどないと言われても、最後まであきらめずに祈り続けていたし、闘病の様子をブログで読んでいた何百人もの友人・知人、あるいは母子を直接知らないクリスチャンたちも、熱い祈りを捧げてきた。

 しかし、がん宣告から11か月後、美穂さんは天に召された。それにもかかわらず、中村さんも周囲も、この結果について「祈りむなしく」とは感じていない。とてつもない悲しみと痛みを味わいながらも、同時に、途方もない愛と恵みを実感している。それは、中村さん母子が、「癒やし」という奇跡以上に、神ご自身を求め、神がその願いに応えて、慰めと希望に満ちた臨在で二人を包んでくださっていたからだろう。美穂さんの最期のことばは、三回繰り返して叫んだ「I love you!」だった。

「神と人生のかかわりを知った」闘病記への読者の声

 闘病の記録をつづった『隣に座って スキルス胃がんと闘った娘との11か月』(いのちのことば社)が出版されると、続々と読者からの反応が寄せられたが、それらも、普通の闘病記への感想とは一味違うものが多かった。

  「大切なことは、答えを見つけることではなく、すべてを理解することでもなく、不条理な現実の中でもなお愛し続けることができるか、ということなのかもしれない」(山﨑ランサム和彦・神学校教師)

  「神を信じて生き、死ぬという、人間のいのちの営みを丸ごと引き受ける信仰の世界の奥深さが言い表され、そして神との魂の真摯な対話が記された、ものすごい本」(朝岡勝・牧師)

  「(ブログを読んでいた時と、本になってから読んだ印象が違う理由は)本は初めから最後までストーリーとして読んだので、インパクトが違ったと思う。そして、『聖書をストーリーとして捉える』ってこういうことなのかな、と思った。身近に、身内の死を通して神様から離れてしまった人と、最愛の人を失っても神様への信頼と愛が変わらない人の両方がいる。その違いは何だろうと思っていたし、私自身も想像以上の不幸に直面した時、変わりなく『神はすばらしい』と言えるだろうかと思っていた。この本を読んでその答えの一部がわかった気がする。それは、自分の不幸にだけ焦点を当てるのではなく、神の壮大なストーリーに焦点を当てられるかどうかではないか」(五十代女性。筆者が要約)

 「私は日曜日に礼拝に行って満足しているようなクリスチャンだったから、中村さん母子が見せてくれたような信仰の世界があったのかと驚愕(がく)した。この驚愕をどうすればいいのか、今、模索している」(四十代女性。筆者が要約)

 『隣に座って』には、読む者の信仰を深く探り、これを読む前の状態に留まっていられなくする力がある。自分はどんな神を、どんなふうに信じているのか。その神と、どんなふうに交わりをもっているのか。それは自分と自分の世界をどう変えるのか。

 美穂さんが召されてから、今年で4年になる。中村さんはその時間を、時に「一人で車を運転していたら、急に悲しくなって泣き叫びながら帰ってきた」というような鋭い痛みも味わいながら歩んできた。「美穂が亡くなる前の私には、決して戻れない」とも言う。しかし、それでも、そのすべての瞬間に神が共にいてくださることを感じ、そこから語りかけられているので、「不幸」ではない。

 現在は、そのグリーフワーク(悲嘆の消化のしかた)についてつづった本を執筆中である。

発行:いのちのことば社・フォレストブックス
定価:1,870円(税込)