4月19日号紙面:シリーズ●教団・教派を知る JEC日本福音教会 多様な教会の群れがいのちの働きを生み出す
シリーズ●教団・教派を知る JEC日本福音教会 多様な教会の群れがいのちの働きを生み出す
写真=毎年、春に行われるJEC・春の中高生キャンプ(通称JSキャンプ)300名以上が集まる。
新しい世代へ宣教のバトンを渡すために 恵みによって撒かれた地に水を注ぐ JEC日本福音教会
写真=ヤンソン宣教師夫妻
JEC日本福音教会の群れは宣教70年の節目の年を迎えました。
スウェーデン・オレブロ・ミッション(現インターアクト)から日本に遣わされた最初の宣教師ヘルゲ・ヤンソン先生は21歳の時に、「主のぶどう畑」(イザヤ5・7)へ行きますと表明して献身し、中国宣教を目指しました。1947年、ヤンソン先生夫妻が中国の上海へ向かう船上で日本の島影を見た時、「ここがあなたの宣教地になる」との声があって日本への召命を受けました。彼らが北京に到着した時はすでに共産革命が進み、すべての宣教師は国外退去になっていましたので、船の上で日本に召されたことをすぐ理解し、そのための行動を開始しました。オレブロ・ミッション本部は、彼らの信仰と行動を受け入れて「日本宣教」を決断し、1949年から宣教活動が始まりました。
ミッションからは続々と宣教師が送られ、関西を中心とした開拓が本格的に始められ、堺、八尾、奈良……と多くの教会が生まれていきました。また、当時はフィンランド・ミッション、ノルウェー・ミッションなどからの宣教師も同じような状況にありましたから、お互いの交流が盛んで、ヤンソン先生はそのためにも用いられました。働きが進むと、当然のことですが日本人による働きを進める必要があり、働き人を育てるための聖書学校が開かれました。宣教師館の一部を使っての小さな学校でしたが、そこに送られてきた宣教師にフレッド・スンベリ先生夫妻がおりました。先生は欧米風のスマートな福音理解を押し付ける方ではなく、十字架の真理をむき出しにして差し出しながら、その深い十字架の洞察を、まわりを気にする日本人の心の奥深くに切り込む方でした。
写真=スンベリ宣教師家族
優れた組織家であり外交に長(た)けたヤンソン師と、霊的洞察に長けたスンベリ師、この二人の賜物をバランスよく結びつけて日本の教会にふさわしい形にしたのは、最初の牧師としての按手を受け、JEC日本福音教会の初代理事長になった我喜屋光雄先生でした。この流れがJEC日本福音教会の源流となっています。
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スウェーデン・オレブロ・ミッションはバプテスト系の教会が中心となって組織された宣教団体ですが、多くのスウェーデンの自由教会が集まっておりましたので多様な教会の集まりでした。そのような中で育まれたJEC日本福音教会はそれを受け継ぎ、北欧スカンジナビアの自然流、合理性と素朴さ、主体性の尊重、質実にして解放的な気風、そして十字架と聖化、聖霊のバプテスマの恵みが融合して作られた多様なものになりました。その結果、JECに加盟している教会は、その形や教会運営、伝道方針などについてはそれぞれの教会が主体性を持って考えるようになっていきました。
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JEC日本福音教会の霊的特色は、十字架と聖霊、そして宣教という言葉で表現できますが、これらは北欧自由教会の正統堅実なバプテストの流れを汲む福音主義、メソジストやホーリネス的な自我の取り扱い、ペンテコステ的な聖霊の自由な働きと宣教の実際的訓練によって確かなものとされています。
最近の日本の経済状態は年とともに右肩上がりに上昇する状況にはありませんが、各教会の財政状態にも過去の一時期のように潤沢な様子は見られません。安定しながらも低迷している今の時代に、持続的に“いのちの働き”を進めるためには多様性が必要です。歴史的に見ると、新しい発想やイノベーションは多様性の高いところから生まれてきたからです。
70年前に始まった宣教の働きは、現在、関東から九州に56教会(ブランチを含む)、礼拝出席者数2千333人にまで広がりましたが、それはスウェーデンの宣教団体による祈りと信仰の結果でした。また、それを受け取った牧師先生たちが、神様の恵みによって福音の種が撒かれた地にアポロのように水を注ぎ、JEC日本福音教会という形にして整えられてきたのです。
その恵みを考える時、日本と外国という枠を超えた宣教世界で連携する働きを広げさせていただきたいと願っています。宣教70年にあたって、これからの時代を読む心の目をクリアにさせて、“宣教”をもう一度問い直す時ではないかと思います。新しい世代へ宣教のバトンが渡されようとしているからです。
宣教に必要な聖書学校 主のぶどう畑で働く人を育てる
写真=奈良県生駒市にある現在のKBI航空写真
関西聖書学院(KBI)は2021年に創立60年を迎えます。JEC日本福音教会にとって最初の宣教師であったヘルゲ・ヤンソン夫妻が来日して10年余り経った1961年に、日本における宣教活動を発展的に進めるためには聖書学校が必要であると考えられて、クリスチャンの若者を訓練するために、初穂教会である堺福音教会の隣地にあった宣教師館でその産声をあげました。以来JEC日本福音教会は、その宣教の3本柱(国内宣教、海外宣教、働き人育成)の一つとして、今日まで堅固に聖書学院を通して、主のために働く人を育成してきました。
設立当初はEBI(Evangelical Bible Institute)と呼ばれていましたが、5年後の66年に兵庫県西宮市に移転したのを機に、創立の中心にあったJEC日本福音教会に信仰の流れが近い北欧ペンテコステの諸教会が経営に参画し、理事や教師として加わるとともに、多くの学生が送られるようになり、学院名をKBI(Kansai Bible Institute )と呼ぶようになりました。その後95年の阪神淡路大震災がひとつの転機となり、震災の被害を受けて老朽化が進んでいた学院施設の移転を祈り求め、2005年に奈良県生駒市にあった、ある銀行の研修施設の購入に導かれて移転しました。
現在は、毎年4月の3週間コースから、1年の信徒リーダコース、3年の教職者コース、さらに宣教師訓練コースや教会開拓・刷新コース、さらに通信コースなど、門戸を広く開いています。歴代の学院長はF・スンベリ師、髙橋昭市師、大田裕作師で、今春髙橋めぐみ師に引き継がれました。髙橋めぐみ師はインドネシアにおける長年の宣教経験を有し、広範な宣教理解と熱い情熱の持ち主です。日本ではまだ珍しい女性学院長の誕生に新しい時代の息吹を感じ、期待が膨らむ季節を迎えています。
ひろげる・つなげる・そだてる働きを 新しい皮袋に入れる
宣教の基準は、「兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。」(ローマ12・1、2)にあると思います。
JEC日本福音教会がこれまで継続してきた働きは、「ひろげる」働き(国内宣教、Church Planting)、「つなげる」働き(世界宣教、Global Link)、「そだてる」働き(宣教人材の育成、Bible School)という三つの言葉に集約できますが、これらは、これからも引き継いでいかなければならない、神様から与えられたビジョンです。
JEC日本福音教会の諸教会の広がりは、地理的には関東から九州まで、幅広いものになりました。その流れを継承しつつこれからも働きを“ひろげて”いきます。また、私たちの群れは宣教師によって生み出された教会ですから、彼らの“与える”スピリットに励まされてきました。これからは、世界の教会との交流を広げ、グローバルな世界で連携しながら“つながり”を求めて行きます。さらに、人を“そだてる”ことで継続的な宣教の働きを進め、日本宣教と世界宣教の流れに豊かに用いられるように願っています。複雑化した時代にあって、人の心の奥にある絶対的なもの、永遠的なものへの憧れをイエス・キリストに結び合わせることの出来る働き手が必要とされているからです。
世俗の流れに対抗しつつ、神の御言葉に現わされたビジョンを新しい皮袋に入れましょう。
(文責・JEC日本福音教会)
JEC日本福音教会
本部事務所=兵庫県西宮市上ヶ原六番町2-42
電 話=0798-53-2694
FAX=0798-53-2695
Eメール=office@jec-net.org
ホームページ= https://www.jec-net.org/
略年表
1949.12 初代宣教師ヘルゲ・ヤンソ
ン来日
1951.4 堺市で最初の洗礼式
1952.2 堺福音教会設立
1961.9 堺市に福音聖書学院(EBI)
開設
院長:エリク・サンベリ
1966.5 西宮市に関西聖書学院(KBI)
開設
院長:フレッド・スンベリ
1974.3 日本福音教会(JEC)設立
理事長:我喜屋光雄
1979.4 KBI院長:高橋昭市
1990.4 JEC理事長:道本純行
1998.4 JEC理事長:富浦好之
2000.4 KBI院長:大田裕作
2000.5 JEC宣教50周年記念聖会
2005.11 KBI 奈良県生駒市に移転
2010.4 JEC宣教60周年記念聖会
2014.4 JEC理事長:我喜屋明
2020.4 KBI院長:高橋めぐみ