タイの記者会見での光景。質問を終えるたびにマイクを消毒する

近所の男子高校生が求道心を持ち、我が家で聖書を学び始めた。すぐに緊急事態宣言が発令され、すべての集会が禁止となり、彼とは2か月会えなかった。自宅待機中、彼は一人で信仰告白をし、「相談したい」と尋ねて来た。「自分が罪人だと深く分かり怖くなった。どうしよう?」と。罪の悔い改めを教えると、彼は熱心に告白し祈り、今は救いを確信している。ペンテコステの恵みとは聖霊によって心を刺されることだ。
ペンテコステはバベルの塔とキリストの再臨の間に位置する。 「われわれは自分たちのために、町と、頂が天に届く塔を建てて、名をあげよう。われわれが地の全面に散らされるといけないから」(創世記11・4)には、バベル建設者たちの四重の罪が表れている。①「自分のために」には、神中心でない心。②「天に届く塔を」に暴露されている、神の領域へ越境する霊的傲慢。③「名をあげよう」に現れている名誉欲、神になりたいという欲。④「地の全面に散らされるといけない」は、「生めよ。増えよ。地に満ちよ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地の上を這うすべての生き物を支配せよ」(創世記1・28)に対する反逆だった。彼らは創世記1章28節の命令を拒否したので、主がご自分で実行されたのだ。だから神の裁きには、憐みの側面と、人間のためになることは人間が嫌がっても神はご自分で計画した通りに遂行するという主権の側面がある。
バベルをペンテコステとの関連で理解するわけは、言語混乱の後にアブラムの召命が続くからだ。「地のすべての部族は、あなた[アブラム]によって祝福される」(創世記12・3)。神が人間言語を混乱させ地球の全面に拡散させた直後、全世界の民族を祝福する将来を啓示した。聖霊を注ぐことは多言語主義の呪いをキャンセルし、超言語間宣教という祝福になった。
バベルから再臨までを四期に分ける。①バベル直前の単一言語主義。②バベルからペンテコステまでの多言語主義。③ペンテコステ以降の聖霊に祝福された多言語主義。④再臨へ近づく単一言語主義・バベル回帰の時代。
世界の言語学者たちは今後100年で6~7千の言語の半数が死滅すると予測している。言語が死滅すればするほど「御国のこの福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての民族に証しされ、それから終わりが来ます」(マタイ24・14)と、主イエスが示す未来に近づく。うするか。バベル建設者たちと真逆の四原則で生きるのだ。①神の主権を認める。②身を低くし、聖霊が降るように祈る。③キリストの名を高く挙げる。④「罪の赦しを得させる悔い改め」(ルカ24・47)を全地に拡散する。 ペンテコステの恵みとは聖霊に「心を刺され」「私たちはどうしたらよいでしょうか」と叫ばしめる恵みだ。悔い改めのパンデミックが起きるまで、ネヘミヤのように、他人の罪のためにも代理の悔い改めを祈ろう。
新型コロナウイルス拡大は、天地創造、バベル、ペンテコステ、再臨という神が支配する歴史の流れの中の大切な一瞬であると思う。摂理の教理を再確認したい。「神の摂理のわざとは、すべての被造物に対する神の最もきよい、賢い、力強い保持と統治であり、全被造物とその全行動を、ご自身の栄光のために、秩序づけられることである」(『ウェストミンスター大教理問答書』)。
全知全能のあわれみ深い創造主が、このパンデミックを支配し、ご自身の主権と知恵と裁きと恵みと慰めと栄光を現してくださるように。