トラクト配布前の祈り

最後の一軒まで福音を届ける

全戸トラクト配布「オイコス計画」始動

 

「すべての家庭に、福音文書(トラクト)を通してイエス・キリストを証しする」。この目的を掲げて、「全国家庭文書伝道協会=EHC(Every Home for Christ)」は60年以上にわたり、日本全国においてトラクト配布を続けてきた。その総配布数は推計で2億5千万枚。いのちのことば社の一部門として始められた働きだが、現在はアメリカに国際本部を置き、世界189の国と地域でその実情に応じて働きが行われている。
国際EHCは、2038年までに「地球上のすべての家庭に福音を」を目標とした「オイコス計画」をスタートさせた。オイコスはギリシヤ語で「家庭」。全世界の35億世帯にトラクトを配布するという壮大な計画だ。そして日本でもその取り組みはすでに始まっている。日本EHCはいかにして日本の「すべての家庭」に福音を届けようとしているのか。総主事の岩本信一氏に話を聞いた。

EHC 全国5千340万世帯に

―国際EHCからこの計画が発表された時、どのような思いで受け止めましたか。
18年に計画が発表されて、いずれその指令が日本にも来るとは覚悟しましたが、日本ではまったくできない、と最初は思いましたね。もちろんトラクト配布はEHCの使命ですから、今までも継続して行っていました。14年からは「ゴスペル・フォー・ジャパン」の名称で、地域教会の協力を得てトラクト配布を行っていましたが、ニュースレターやホームページで呼びかけて、応答してくださった教会とともに、できる範囲でという規模のものです。日本のすべての家庭に、ということになると規模は桁違いです。

―歴史を見れば、日本EHCには過去4回「トラクトの全戸配布」を行ったという実績があります。
先輩たちが築いた歴史の事実を前にしても頭にすぐ浮かぶことは、当時とはキリスト教会の状況が違う、日本社会の状況が違う、という否定的な考えです。でも、あの時はどうしてできたのだろうと考えると、もちろん神様の憐れみではありますが、やはり地域教会との協力、教会が宣教への重荷、ビジョン、パッションを持ったからできた、ということでしょう。今回も教会と協力すれば、道が開かれるだろうと思っています。当時に比べれば、教会数もクリスチャンの数も減っています。でも当時も、日本の全教会、全クリスチャンがトラクトを配ったわけではありません。志を与えられた教会、重荷を与えられたクリスチャンが、その思いを持って協力してくださった。今回も同じです。神様が選んだ方が協力して下されば、きっとできると考えるようになりました。

―日本の総世帯数は5千340万です。全戸配布まで、どのようなロードマップを描いていますか。
目標の38年までを大まかに4期に分けて考えています。14年から始めた「ゴスペル・フォー・ジャパン」は「オイコス計画(日本の全家庭に福音を)」と名称を替えて継続していますが、今年で終わります。56教会の協力を得て17万6千727世帯に配布しました。これが第1期です。25年までを第2期として200万世帯に配布します。まずは来年度20万世帯。第2期の計画がすべて達成して、1期と合わせて大まかに220万世帯。残りの5千100万世帯を第3期と第4期でやる。それがオイコス計画です。第1期の実績から計算すると、1教会が3千150世帯に配っています。日本でこの計画を達成するためには、単純計算で1万7千教会の協力が必要です。日本にあるプロテスタント教会は約8千です。
まったくどうなるかわかりません。でも神様がそのビジョンを国際EHC本部の責任者に与え、全世界のEHCの仲間に伝え、その情熱を受けた各国の仲間たちがやろうとしています。神様が始めたものは、神様が完成されます、私たち一人一人を用いて。信仰しかないです。

―世界での配布の進捗状況はどの程度でしょう。
全世界で14億世帯ほどあります。昨年1月に正式にスタートしましたが、本部に上がっている報告を見ると、配布された数は1億5千万ほどです。ただ国によって事情は大きく異なります。アメリカは全世帯の6%、ロシアは24%、イスラム圏で名前の出せない国の中にも7割近く配布されているところもあります。もちろんゼロのところも。ちなみに日本は第1期が終わって0・33%です。
今年の2月にEHCの各大陸のディレクターが集まる会合が東京でありました。その時この計画の責任者が「19年は、世界中で1か月に9万5千人が各家庭を回ってくれた。その結果、千600万人が『イエス様のことをもっと知りたい』と応答してくれた」と言っていました。

ウランバートルの宿舎では子どもたちが聖書を学んでいる

―配布はそれぞれの国のEHCが独自に行うのでしょうが、国と国との横のつながりはあるのでしょうか。
4年に一度世界会議があり、各国のスタッフが集まって情報交換を行っています。またアジアのスタッフとの交流もあります。そこでの人的つながりを通して、単に情報交換だけに終わらず、具体的な働きにつながったものもあります。ベトナムにはオートバイを3台送りました。モンゴルには4WDの自動車を送っただけでなく、継続的な支援もしています。それによって、貧しい子どもたちに無償で教育を提供するための施設や宿舎が与えられました。2018年にはモンゴルの働きを支援してくださっている方々とともに現地を訪れ、施設の開所をともに祝うこともできました。

全世界で連帯、出会いから何かが起こる

―現代はEメールやSNSなど、ネットで情報が得られる時代です。しかも新型コロナウィルスの影響で、直接会わずにオンラインで何でも済ませることが当たり前になりました。そのような人々の生活様式の変化がある中で、トラクトの「配布」にこだわるのはなぜですか。
それがEHCなんです。時代に合わせるという考えが無い。これは、路傍伝道でも放送伝道でもない。先ほどの本部の責任者も、「全戸配布のスピリットは変わらない。一軒一軒訪問して手渡すのが基本だ」と言っていました。だからと言って、テクノロジーを使わないかと言えば、とんでもない。今本部では、各国の担当者が入力することで全世界の進捗状況をリアルタイムで把握するシステムを作ろうとしています。アメリカでは、地図上に一軒一軒の家庭が表示され、その家に配布したか、直接話ができたか、反応はどうだったか、最終的な結果は、などがわかるアプリが作られています。そのために莫大な資金が投じられています。
それだけのテクノロジーのバックアップを使ってやっていることは、クリスチャンが町や村に出て行って、その手でトラクトを配ってくるということです。そうすることで神様が、配布とともに、それ以上の何かをしてくださる、足を運んだことによって何かが起こる、という期待があるからではないでしょうか。
モンゴルのEHCのスタッフは、大草原を季節とともに移動する遊牧民の家族を、四駆の車で訪ねています。同じように首都であるウランバートルの町を回る中で、自らも同じ境遇にあった貧困家庭の子どもたちに出会いました。そこから彼らは子どもたちへの教育の必要性に気付き、無償で学校を始めました。それが今の働きに発展し、日本のEHCもそのお手伝いができたのです。
何かが起こるというのは、トラクトを受け取る側の人たちだけのことではないと思います。トラクト配布を通して、配る私たちの側にも、同じように何かが起こる、ということではないでしょうか。第1期の配布に協力してくださった教会からはいろいろな声が寄せられましたが、それを見ても分かると思います。

ゲルの中で礼拝するモンゴルの子どもたち

―オイコス計画遂行のために必要なものは何でしょう。
教会の協力、綿密な計画、資金、祈り、でしょうか。まずはこれから取り組む第2期の計画を達成することが重要ですが、その目標は第1期の10倍以上ですから、協力教会も献金も同様に必要ですね。協力いただく教会には、トラクトは必要な枚数、無償で提供します。現在EHCが制作しているトラクトから、教会の地域にあったものを選んでいただきます。そのためには配布計画を作成してもらいます。その教会の地域に配布すべき世帯がいくつあり、そこにいつからいつまでの期間でどのように配布する、というような計画です。「時間があるときに配るから、とりあえず1万部」というようなことではなく、配布する人員なども含めて実行可能な計画かを審査させていただきます。具体的な配布が終わったらレポートを送ってもらい、そこまでして計画完了ということになります。トラクトを無償で用意するためには、献金も必要です。多くの協力と賛同をいただくために、地域の教会や牧師会に出向いて、説明させていただきます。

―配布するための人員、ということを考えると、気持ちはあっても困難を覚える教会もあるのではないでしょうか。
確かに、日本の教会には、資金や志はあっても、配り手がいない、という場合は少なくないかもしれません。EHCは現在世界的な広がりを持つ働きですから、そこから分かってくることは、海外の教会で日本に重荷を持っているところが少なからずある、ということです。かつてEHCが地域を定めて集中的にトラクト配布を行ったときに、韓国のキャンパスクルセードが配布の協力をしてくれた、という実績もあります。シンガポールからも短期宣教のチームが来ています。彼らは自費でやって来て、短期と言っても、半年や1年滞在して、地域教会とかかわりを持ちます。教会には宿泊場所の提供などをお願いすることになるかと思いますが、そういう海外の人たちを日本の教会につなぐコーディネートもEHCの役割だと思っています。

―トラクトに反応があった場合のフォローアップも必要ですね。
いのちのことば社にすでにある「バイブルラーニング」などのサイトを利用して学びをしてもらうことなどを考えています。トラクトの裏にQRコードを入れてそこに入れるように。以前からある聖書通信講座は今も行っていますが、双方向のものはもう少し体制を整える必要があります。他団体や地域教会との協力も考えています。

―全世界で全家庭にトラクトが届けられたら、考えようによっては、すべての人に福音が伝えられたことになりますね。
数字上の計算をしたら、無謀としか言えないでしょう。しかし、それは主の命令ですから。その命令に従ってやっていく。やっていきましょう。ともに祈りながら。ご協力をお願いします。

 

第1期を終えた協力教会の声


トラクトを読む農家の人たち

・楽しく子どもたちも参加して行っています。
・地域の方々に挨拶して手渡しすることもあり、快く受け取ってくださる方々がいました。暑い中でのトラクト配布でしたので、気遣ってくださる方もいて感謝でした。
・教会の英会話教室に通う未信者の女子中学生が加わり、とてもよい交わりの機会となりました。
・異教習慣の染みついた地で、課題の多い土地ですが、そのような地域に「何に信頼して生きるのか」と問いかけることができたのではないかと期待しています。
・話しかけるのを最初は躊躇していましたが、いざ話してみると、気さくな方で、「キリスト教」ということばに少し驚かれていましたが、しばしの間、温かい交わりを持つことができました。
・ある中年の方が私たちの姿を見ておられ、「笑顔でな」と声をかけてくださいました。私はそのことばに勇気をもらい、見ていてくれる人がいると励ましを受けました。
・「足の裏でするアナログ伝道の恵み」。自分が暮らしている地域をよりつぶさに知ることができた。
・町を歩くことは、町を知ることになり、そこに住む人々との距離感も短くなったものです。

 

EHC物語 それは一組の宣教師の祈りから始まった

時は1953年5月。東京千代田区にある「東京會舘」において日本伝道のための会義が開かれた。戦後の飢えからも解放されて、国民の間に希望が湧いて来ていた時代である。その会議には、約500人の牧師、宣教師が集まり、「日本に聖霊が働いてくださるように」と祈った。
その一月前の4月。ひとりの青年がロサンゼルスから東京に飛んで来た。彼の名はジャック・マカリスター。日本に向かう飛行機の中で、彼の心はビジョンに熱く燃えていた。「日本のすべての家庭に福音文書を配布するという計画をもつことはできないか。Every Home Crusade と名づけたらどうだろう」。彼はカナダとアメリカのクリスチャンたちがこのチャレンジを受けとめ、2千200万世帯の1軒1軒に届ける膨大な福音文書のための資金が与えられると確信していた。

トラクトを読む農家の人たち

マカリスターは日本で宣教師のサム・アーチャーといのちのことば社を創業したケネス・マクビーティと話し合った。届ける文書は、明確で力強い沢村五郎牧師のメッセージが良い。印刷に関しては問題がない。技術的にも優れた印刷所はあるし、紙の手配も大丈夫。しかし、そのトラクトをどうやって各家庭に届けるのか。日本の家庭は当時2千200万。町中だけではなく、険しい山道を登った先とか、交通が不便な海岸地域にも広がっている。一人が1日200軒の訪問を5日間続けたとしても、2万2千人のボランティアが必要になる。当時、福音派のクリスチャン人口は、子どもからお年寄りまで含めて、2万5千人と言われていた。人間的に考えれば無謀な計画だった。しかしそれでも、「行きなさい」とささやく声があった。
こうして最初のトラクト「我に来れ」は200万部印刷。特定の市町村にそれぞれの戸数にしたがってその数が割り当てられ、5月の伝道会議で感動した人たちが配布を約束した地域に届けられて、10月からこの壮大な計画が日本中で始まった。神が働かれ、牧師も宣教師も自分たちの教派に関係なく結集し、5年以上にわたって、福音がすべての家庭に伝えられていった。その後もトラクトの全戸配布は、69年、80年、86年と4回行われた。
もちろん、実際に配布するのは地域の教会である。「クリスチャン新聞」88年1月3日号に掲載されたEHCのインタビュー記事「福音の空白地帯があってはならない」は「あくまでもこの計画は、教会の宣教のビジョンに対しEHCが協力していくもので、教会にたよらなければ、全く不可能な計画なのです」と記している。(『いのちのことば社50年史』より)