シリーズ●教団・教派を知る 日本イエス・キリスト教団 バックストンの働きと信仰を継承して戦後創立

日本イエス・キリスト教団

写真上=創立時の教団委員会、下=2001年7月の50周年記念大会、神戸ポートピアホール、千700名参加、

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英国超教派団体の伝道から生まれ   積極的宣教と課題に取り組み

写真=B.F.バックストン

写真=パゼット・ ウィルクス

【前史】

 1890年に英国聖公会宣教師バークレー・バックストン(Barclay F.Baxton 1860-1946)が来日。その働きは日本のキリスト教史に一時期を画すこととなった。

 バックストン帰英中、日本伝道隊 Japan Evangelistic Band が英国において超教派の日本に対する宣教団体として結成、バックストンが総理に推された。彼は同時に良き同労者ウィルクス(Paget Wilkes 1871-1934)を得る。ついで翌1904年、東京で現地日本伝道隊結成。

 バックストンは、青年献身者の教育養成の働きを重んじ、後に福音派諸教団の指導者となるべき人物を育てていく。また、この教職養成の働きは、神戸・御影の聖書学舎、1930年には更に神戸・塩屋に移り、現在の関西聖書神学校の前身塩屋聖書学舎がおこされた。

 日本伝道隊によって強力に進められた前進運動により、特に近畿一円に働きが拡大した。このようにして神戸周辺にできた諸教会は日本伝道隊を離れて自給化し1931年、日本聖書教会と称した。一方、岡山県南での伝道から生まれた諸教会は1930年、イエス・キリスト召団を結成。1935年には聖書教会とイエス・キリスト召団が合流して、日本イエス・キリスト教会を創立。

 ところが戦局急を告げると共に国家政策のため諸教派合同を迫られ、日本伝道隊系諸派は、1940年に合同、1941年には日本基督教団創立総会によりその第7部として加入、終戦を迎えることとなった。

【創立】

 終戦後間もない1946年、同じ流れにある群れが互いの霊交互助を目的として友交団体日本伝道会を結成。これは、その後教団結成へと向かう中、発展的解消。

 こうして1951年7月20日、神戸市兵庫区の神戸中央教会に、21教会から教職と信徒代表議員を招集して創立総会が開かれた。小島伊助を初代委員長に選出。会員数千343名であった。

【歴史】

 第3回総会(1953年)には教団の大同団結が成って教会数40に。第7回総会(1957年)には委員定数も15名に増員。部局の編成も進められた。

 第31回総会(1981年)には、創立当初から懸案であった教団の信仰告白文が採択。教団が拠って立つ信仰的立場を確認した。

 1980年代、90年代は、「新八か年計画」、「21世紀宣教プロジェクト」を掲げ、積極的な取り組みをした。教団総会の議員数も増え続けたため、1997年より教区からの代表議員が集まる現在の形に移行。

 2001年には、創立五十周年記念大会を開催、千700名余りの人々が集い、創立以来の神の導きに感謝した。

 順調に充実発展を遂げて来た日本イエス・キリスト教団も、1995年頃より、宣教困難な時代を迎えた。様々な面で状況の変化への対応が求められている。

 教職定年制度を導入し、2013年度より施行。2010年には信仰職制委員会を新しく設置、教団組織改革の検討を本格的に進めた。その結果、教団委員数の削減、常設局改編(2013年)を行い、2017年度からは全教会参加の協力教会制度を始めた。

困難の中にも神に期待しつつ

写真=2019年8月の青年宣教大会「WEST」、湖西祈りの家(滋賀県高島市)にて。「EAST」は須賀川シオンの丘(福島県須賀川市)で行われた。

創立70周年へ向け ビジョン2021

 2011年秋、教団委員会は祈りをもって、教団創立70周年を迎える2021年に向けてのビジョンを立ち上げた。①伝道第一の姿勢、②若い世代の伝道、③伝道者の増加という3本柱のもとに、「1万人礼拝の達成」を目指して進んできた。残念ながら、目標の年を2年後に控えた2019年の礼拝出席者平均は4450人ほどで、目標には遠く届いていない。しかし着実に成長している教会もある。ビジョンを抱いてその教会にふさわしい方法を考え、実行している教会が、違いを生み出しているようである。残る2年間、そのような教会の働きを紹介し、各教会を励ましたいと願っている。

「協力教会制度」開始

2010年に「信仰職制委員会」が発足した。その中で議論されてきた一つのことが「教区」についてであった。その結果、現在の「協力教会制度」へとつながっていくことになる。  現在、2、3の教会からなるグループを「協力教会」と位置づけ、牧師同士の個人的な分かち合いや教会同士の交わり、学び、そして教会相互の成長や強化へとつなげる試みを行っている。また、それらが一過性の試みで終わらぬよう教団として制度化し、「協力教会制度」として、教区主導で様々な試みを行っている。

信徒奉仕者・複数牧会・ネット礼拝

兼牧の課題を探る

どの教団・教派にも重くのしかかっている兼牧(無牧)の課題が、日本イエス・キリスト教団でも喫緊の課題である。その中から主に四つの論点を抽出し、可能性を探っている。  「常駐牧師がいない中でも教会の働きを継続させる工夫」として、ネット礼拝の実施や拡大、勧士制度の活用、信徒牧会者や信徒奉仕者の育成・活用など。「複数牧会の可能性」として、協力教会制度の活用と発展、チーム牧会など。積極的な意味での「教会統合・閉鎖」、「牧師夫人の賜物の活用」などである。  教団としての福音的実践は、福音宣教と教会の完成であることを胸に刻み、取り組んでいる。

次世代育成プロジェクト

2018年11月、次世代育成に特化したプロジェクトチームの必要性が検討され、翌年4月より「次世代育成プロジェクト」が発足した。次世代育成のカギは「内住のキリストの恵みによって主の弟子とされること」と捉えている。  プロジェクトチームは①Baton touch(バトンタッチ):内住のキリストのバトンタッチ、②Life(ライフ):キリストの命を具体的に生きる、③Influence(インフルエンス):互いに影響を与え合うネットワーク作り、④Challenge(チャレンジ):次世代が育成される教会形成にチャレンジする。 これを「B-LIC(ビーリック)」として提唱し、働きを進めている。

関西聖書神学校を新築

写真=今年5月に竣工した関西聖書神学校の新校舎

 関西聖書神学校は神戸・塩屋にあり、本年移転後90周年を迎える。本神学校の草創はB・F・バックストンの松江・赤山塾に遡る。1964年に建てられ老朽化した旧校舎から、「塩屋移転90周年を新校舎で」というビジョンが与えられた。設計、工事、募金、すべての事柄に神の助けを受け、主要な建物は本年5月に竣工の運びとなった。これを機に、日本伝道隊・日本イエス・キリスト教団による共同経営から法人化へと進む。塩屋の伝統を大切にし、超教派の神学校として神の働きを担う。

これからの展望と課題  教団委員長 小菅 剛

 教団は、来年7月に70周年を迎えます。歴史の回顧と展望を踏まえた記念誌を発行します。

 恵みの源泉に返ることは躍進です。教団の源泉は、B・F・バックストン師に依ります。師は、「日本に要するものは、多数の教職者ではない。少数の聖霊に満たされた者たちである」と言い切りました。教団は、ここ数年、教職不足が課題です。師の言葉に展望の鍵を思います。即ち、聖霊に満たされた者とは、「わたしの霊による」(ゼカリヤ4・6)働き人です。そのための教職養成であります神学校の働きに力を入れています。

 また、教団発足の柱に「霊交互助」がありました。これを現在「協力教会制度」として複合型教会形成、福音宣教として展開しています。教団は、自主独立精神「日本人による、日本人のための、日本人の教会」という流れがありましたが、数年前に舵を切り直して韓国、台湾から宣教師を招くことにより日本宣教に光を見いだしています。

 これからの日本宣教に、集約と展望が以前から取り上げられてきました。教団はこれまで「教会のない地域に教会を」建てるスローガンで走ってきました。必要なこととは言え、集約(合併、他教団との連携、閉鎖)にあたり、その地域に一つしかない教会は存続させることは必要と考えています。

 霊の賜物の活用はますます必要とされます。働き人のすそ野の拡大と充実です。そのために信徒説教者、信徒奉仕者の育成に力を入れていきます。教学局と神学校との連携で「信徒養成コース」を進めています。軍旅の将を頭として、教団一丸となって主の宣教を担って前進していきます。

略年表

【前史】

1890 B・Fバックストン来日

1897 P・ウィルクス来日

1903 日本伝道隊、英国にて結成

1904 現地日本伝道隊、東京で結成

1930 イエス・キリスト召団結成

御影聖書学舎、塩屋に移転

1931 聖書教会結成

1935 日本イエス・キリスト教会結成

1940 日本伝道基督教団結成

1941 日本基督教団創立

      日本伝道基督教団は第7部として加入

1946 日本伝道会結成

【歴史】

1951 日本イエス・キリスト教団創立

1952 規則認証を受ける

1958 部を局に改正、教区設置

1981 教団信仰告白を採択

1991 「教団40年史」刊

1997 教団総会簡素化

2001 教団創立50周年記念大会

「創立50周年記念誌臨在」刊

2008 牧師定年制導入決定

2011 東日本大震災救援対策本部設置

2012 「私たちのビジョン2021」発表

2013 教団常設局改革

2017 協力教会制度への全教会参加