小さく弱い所にこそ光 3・11いわて教会ネットワーク代表・近藤愛哉さん特集 東日本大震災から10年

写真=2019年、いわて教会ネットの3.11集会の様子

「多くの死や痛みがある中で、見させてもらったのは、もう一度東北、過疎化した町に目が注がれたこと。宣教を考えるとき、都市や人が集まる所に目が行きがちだが、震災を通して、痛んだ小さな場に光が当てられました」
3・11いわて教会ネットワーク(いわて教会ネット)代表の近藤愛哉さん(保守バプ・盛岡バプテスト同盟)は振り返る。
「確かにもともと知られていた教会、大きい教会が最初に注目される。しかし少し遅れてでも、あまり知られていなかった教会に目が当たったのが良かった。いわて教会ネットを結成した時、そういった教会にしっかり目が向くよう意識しました」
震災当時は34歳、盛岡市での牧会は7年目だった。片道2時間ほどかかる沿岸部とのつながりは少なかった。かつて先代の牧師、宣教師たちが岩手県沿岸の開拓を試みた歴史はあったがなかなか成果は出せないでいた。「目の前で起きている現実に対して一人の人間としてあまりに小ささを感じた。自分に何ができるか。自信をもって『こうしたらいい』と言えない状況。教会も県内に少なく、それぞれが小さい。無力感を覚えました」
だがそこに手を差し伸べたのが国内外の支援チームだった。数々の問い合わせを受けるにつれて、「牧師一個人、一教会で負えるものではないことは明らか」(『被災地からの手紙from岩手』)になった。そこで内陸部の牧師が中心となり、いわて教会ネットが形成された。「経験、力、経済、人的力は何もない。自らが小さい存在だと自覚していたからこそ、神様が次々とことを起こしてくれた。そのように自分たちを理解しています」と振り返る。
ネットワークを継続する上で大事にしたことは、「県内の教会が、自らの教会のわざであると意識し続けること」だった。「たくさんのボランティア、宣教チームに圧倒されつつ、外部の方々が来てくれたからこそ続くことができた働きだと思う。だが県内の教会が当事者意識をなくさないようにしたかった。そうでなければ続かない。いわて教会ネットでもそこに力を入れました」
災害直後は支援が集中しても、やがては世の中の被災地への意識は薄れていく。「しかしそのような中でも被災地に踏みとどまる人たちがいてくれた。うれしいことは当時の教会がしっかり立ち続け、新しい教会も生まれていることです」
一方で東北、過疎の地域として変わらないことは、「小さく弱い」ということ。「新しく建てられた教会も集まるのは数人。一つの教会を支えられない、、、、、、、

(この後、人とのつながりがこの働きを継続させる、と語ります。2021年3月7日号掲載記事