他の教会から学び謙遜に 宮城宣教ネットワーク代表・大友幸一さん 特集 東日本大震災から10年

写真=月1回のMMN世話人会の様子

「一つの地域教会だけでは宣教は進まない」。宮城宣教ネットワーク(MMN)代表の大友幸一さん(保守バプ・塩釜聖書バプテスト教会開拓担当牧師)には、震災前から取り組んできた地域宣教への課題意識があった。

教会協力としては、近隣の9教会と『ゴスペルファミリー』というネットワークを形成してきた。
同教会では宣教方法として、一か所に多くの人を集めるだけではなく、初代教会の在り方にならい、信徒リーダーが家を開放する「家の教会」を複数形成していた。この「家の教会」の考察を論文にまとめたのが2011年1月。東日本大震災の直前だった。

 

宣教には福音を言葉で伝える「エバンジェリズム」と、社会的な奉仕の「ソーシャルミニストリー」の両方が重要だと考えていた。「ソーシャルミニストリーが震災支援によって具体化しました」
支援と伝道について、過去の事例が教訓になった。「阪神淡路大震災を経験した牧師何人かに話を聞いたが、当時はあまり伝道について考えていなかったという。支援活動を伝道の手段にするように思われて、抵抗があったようだ。時間がたつと教団教派の壁ができて、求道者が困惑するということも起きていたようです」

「宮城県の被災地では震災から半年がたったころ、支援活動が続く一方で『伝道をどうするか』と迷っている人たちがいた。すでに宮城県の教会協力では、東北ヘルプ(仙台キリスト教連合被災支援ネットワーク)などが、ソーシャルワークで良い働きをしていた。今度は伝道の部分を補う働きが必要だと思いました」。このような支援と宣教の考え方は、熊本地震など続く災害支援の際も、提案していった(横田法路編『「キリストさん」が拓く新たな宣教 災害大国日本に生きる教会と共に』参照)

2011年9月にMMNが立ち上がると、初期の段階では、被災者に向けて「励ます会」を実施。支援する側に向けてはセミナーを随時開催した。各支援団体が働きを徐々に撤退していくが、その団体がかかわった求道者の情報などを引き継ぐ受け皿の役割も果たした。新しく宮城で宣教する人たちの窓口にもなった。「MMNの基本的な方針は変わらない。ニーズは多くあるし、方法的なことも重要だが、何よりも、聖書から取り組みを検証していくことが重要。聖書が原理原則です」

使徒時代の教会のネットワークのあり方から、地域ネットワークの形成を挙げた。MMNでは、宮城県を五つのブロックに分け、各ブロックごとに情報交換をしてきた。時間の経過の中で、宮城郡七ヶ浜町と、石巻市牡鹿半島地域の2地域で新たなネットワークが生まれ、それらの地域にかかわる団体、宣教師が協力している。

「ソーシャルミニストリーとエバンジェリズムの両輪を考えてきたが、最近はその先に何を目指すべきかを考えている」と言う。注目したのは多くの教会で祈られている「主の祈り」だ。「『御国が来ますように』とある。福音伝道と支援の働きが目指すのは、地域に御国をもたらすことではないか。それこそが教会の使命ではないか、、、、、、

(この後、これまで何を学ばされたかを語ります。2021年3月7日号掲載記事