[レビュー1]「知らなかった」で済まない香港事情 『香港の民主化運動と信教の自由』 評・齋藤五十三
本書を読了した時、「この時代の叫び」を耳にしたとの思いがこみ上げてきた。『香港の民主化運動と信教の自由』の編訳者、松谷曄介(ようすけ)氏(日本基督教団牧師、金城学院大学准教授)は、日本にあってキリスト教の視点から「香港の今」を語ることができる数少ない専門家の一人である。
2014年、香港政府が行政長官を普通選挙で選ぶという約束を実質的に反故にした際、若者と市民が反対の声を上げた「雨傘運動」が起こった。その折、松谷氏は在外研究で香港に身を置いており、16年に香港を離れる時には、祈りの約束を信仰の友たちと交わしたとのことである。そして、20年6月に「香港国家安全維持法」が施行された折には、与えられた香港との関わりは「この時のため」(エステル4・14)だったと文書を集め、渾身(こんしん)の思いで訳し編集した、というのが本書の持つ背景である。
本書は五つの章から構成される。序章は、香港のキリスト教の概要・現況をまとめ、第1章は、現地の牧師、神学教師らが立ち上げた「香港牧師ネットワーク」とそこから生まれた「香港2020福音宣言」を紹介している。第2章は、専門家たちによる多角的論考になっており、第3章は民主化運動のリーダーたちによる現場の声を伝えている。第4章では、中国大陸のキリスト教の情況が紹介され、香港で起こっていることは、中国で起こっていることの一部の可視化なのだと気づかされる。
印象に残った三つの事に触れておきたい。第一は、本書がその視座とする「信教の自由」こそが、あらゆる自由の根本なのだという確信である。第二は、私が寡聞にして知らずにきた香港のキリスト教界の姿である。今や「知らなかった」では済ますことのできない情報を本書は提供してくれる。第三は、本書の持つ「言葉の響き」である。松谷氏の訳文を通して届けられる言葉一つ一つには胸を打つ迫りがあり、私たちは、香港のキリスト者たちとの「祈りの連帯」へと招かれるはずである。
(評・齋藤五十三=東京基督教大学准教授)
『香港の民主化運動と信教の自由』
松谷曄介編訳、
教文館 1,980円税込、A5判
レビュー