映画「梅切らぬバカ」ーー剪定される枝葉にも“いのち”が息づいている
「桜伐る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿」ということわざがある。桜は幹や枝を伐(き)るとそこから腐りやすくなり、梅は剪定(せんてい)しないとよい花実がつかないことから、それぞれの樹木の特性を見定めて対処する必要があるとの教訓。だが、見定められて剪定される梅の木の枝は邪魔で無駄な存在なのか。80歳の母親と50歳になる自閉症の息子二人暮らしの物語は、母子だけではない、隣近所や地域の中にあっても存在し、生きていてくれることの大切さを伝えてくれる。剪定される枝葉にも“いのち”が息づいている。
80歳の占い師の母親と
50歳の発達障害の息子
自宅で手相占いを生業にしている山田珠子(加賀まりこ)は、息子・忠男(塚地武雅)と二人暮らし。忠雄は自分のことを「忠さん」と呼ばれることを気に入っている。自閉症の忠雄は、毎朝決まった時間に起床して、朝食をとり、決まった時間に家を出て福祉作業所へ向かう。馬が好きな忠雄は、途中に小さな乗馬クラブのポニーに挨拶するのが楽しみ。だが、女性オーナーの今井奈津子(高島礼子)や飼育員は、ポニーが恐がるので忠雄を疎ましく思っている。
珠子は、忠男に「庭の梅の木は、亡くなった父親が植えた。だから、父親はいなくても梅の木がいつも見てるよ」と教えてきた。その梅の木の枝が奥の家に通じる路地を塞ぐように伸びている。枝を剪定しようとすると忠男がわが身の切られるようにパニックになるので、伸び放題にされてきた。だが、空き家だった隣りの家に里村茂(渡辺いっけい)、妻・英子(森口瑤子)と小学生の息子・草太(斎藤汰鷹)の一家が引っ越してきた。腰をかがめないと通れない梅の枝に里村家からは苦情が届いていた。
忠男が50歳になる誕生日、福祉作業所の大津進所長(林家正蔵)からバースデイケーキのプレゼントと、グループホームに一部屋空いたので忠男を入居させられると案内を受けた珠子。その夜、ケーキを食べた後、腰を痛めた忠男を支えようとして珠子も一緒に倒れ込む。珠子は、「このまま共倒れになっちゃうのかね?」と、これからの先行きを案じる、悩んだ末に忠男をグループホームに入居させようと決めた。忠男が居るうちにと、邪魔になる梅の木を切ることを決意するが…。
いっしょに居てくれて
ありがとう。幸せだよ
本作を観ていて、いま失われつつあるおせっかいな地域社会の温もり感が思い出される。口うるさいが気の置けない近所のおじさんやおばさんが、少しうつ症な人や精神障害を持つ人らにも気兼ねなく声を掛け、挨拶を交わすような温もり感。一方、2016年に神奈川県相模原市の障害者施設で発生した入居者らの大量殺人・傷害事件が投げかけた“障害者は社会で生きる価値のない存在”とするソーシャル・エクスクルージョン(社会的排除)の価値観は、単に個人の暴挙として片付けられない暗澹とした虚しさに包み込まれそうになる。
本作の忠男は、発する言葉がほとんど単語で、文節にして意思を伝えることができない。日常の行動は、決めたことはしっかり実行していくが他者との関係では融通が効かず自分の行動を押し通そうとする。だが、相太の野球ボールが自宅の庭に転がって来れば、相太の家に届ける優しさがある。ただ、黙って家に入り込みトラブルに…。本作でも演出されているが、発達障害者のグループホームや福祉作業施設、児童養護施設などの建設などには、地域の反対運動も起き、自治体をも巻き込んでいく。相模原市での大量殺人・傷害事件の裁判では、殺傷された入居者らの家族が被害者の個性と存在していることの掛け外のない大切さや家族関係の充実さを証言していた。珠子も忠男に「いっしょに居てくれて、ありがとう」と言い伝えるが、忠男にどこまで伝わっているかは分からない。それでも、珠子を演じる加賀まりこの言葉の表現には、「生まれてきてくれて、ありがとう」と忠男への感謝が木魂(こだま)して観るものの心に響いてくる。【遠山清一】
監督・脚本:和島香太郎 2021年/77分/日本/映倫:G/ 配給:ハピネットファントム・スタジオ 2021年11月12日[金]よりシネスイッチ銀座ほか全国ロードショー。
公式サイト https://happinet-phantom.com/umekiranubaka/
公式Twitter https://twitter.com/umekiranubaka
*AWARD*
2021年:第24回上海国際映画祭GALA部門正式出品。