母と子の幸せのために 小さないのちのドア

思いがけない妊娠や、育児が困難で育てることができないなど、追い詰められた女性たちのために24時間365日相談・支援を行っている一般社団法人「小さないのちのドア」。神戸市北区でマナ助産院を営む助産師の永原郁子さんと保健師の西尾和子(よりこ)さんを中心に2018年9月1日からスタートして、これまで2万2千件以上の相談を受けてきた。

 

永原郁子さん(左)と西尾和子さん (写真=酒井羊一)
マタニティホーム「Musubi」(写真=酒井羊一)

相談できる場所があったら、助けられた命がある

「小さないのちのドア」は、あるNPO法人から永原さんに〝こうのとりのゆりかご〟(いわゆる赤ちゃんポスト)を作りませんか」という打診があったことから出発した。

「こうのとりのゆりかご」は熊本の慈恵病院にある施設で、日本で唯一の、親が養育できない子どもを緊急避難的に受け入れる所だ。

永原さんらは当初、この「赤ちゃんポスト」と呼ばれる施設の設置を考えていたが「その壁は予想以上に高かった」と、昨年出版した西尾さんとの共著『小さないのちのドアを開けて 思いがけない妊娠をめぐる6人の選択』(いのちのことば社刊)で、述懐している。

それは熊本で「こうのとりのゆりかご」が設置された直後に厚生労働省が、「子どもを置き去りにする行為は、本来あってはならない」から「一般化すべきではない」と通知したことに起因すると思われる。

その後永原さんは赤ちゃんポスト発祥のドイツを訪れ、ベビークラッペ(赤ちゃんポスト)を見学した。

ドイツには100か所以上の赤ちゃんポストがあり、その一つであるハンブルグの赤ちゃんポストを見学した時のことである。

そこには赤ちゃんが一人も入れられていないという。赤ちゃんを連れたお母さんがポストを目指してやってくるのだが、赤ちゃんをポストに入れずに、抱いたまま。ポストのそばにあるドアに入ってくるのだという。そしてスタッフにここに来たいきさつを話し始めるとのこと。

「赤ちゃんだけをそっと預かるのではなく、来られた方とお話しすることで、赤ちゃんもお母さんも幸せになる方法を考えることができると教えられました」

写真=「小さないのちのドア」に掲げられた看板

この体験を元に、次のような呼びかけで「小さないのちのドア」がスタートした。

「『小さないのちのドア』は胎児や赤ちゃん、そして女性のいのちを守る場所です。
秘密は守ります。診察料や相談料はいりません。もし交通費がなければご相談ください。
妊娠しているかもしれないと心配している方、赤ちゃんがお腹にいるのに誰にも相談できない方、また育てることができない状況で悩んでいる方、私たちは全力でサポートします。勇気を出してご相談ください」(同書より)

スタートから2年後、念願だったマタニティホーム「Musubi」を、助産院の隣に開設した。

Musubiは自宅や実家のない相談者が安心して出産して産後を過ごし、新たな人生をスタートできるようにサポートする自立支援の場だ。ここを拠点に、永原さんと西尾さんを中心に現在計10人のスタッフとボランティア、助産師、弁護士、医師らと連携して支援している。

相談者の多くが、貧困や家庭崩壊、DVなどの過酷な背景を背負っている。頼る実家も人もなく、妊娠して仕事を失い、家賃が払えなければあっというまにホームレスになってしまう。パートナーは妊娠を告げられたとたん出奔したり、DVを増長させたり。また、女性たちの多くが未受診で、母子の命が危険にさらされている現実がある。

写真=データは「小さないのちのドア」提供

子ども虐待件数は2020年で20万件超。1か月に1人以上の赤ちゃんが、生まれたその日に、多くは実母によって殺害されている。中絶件数は統計上だけでも年間約14万6千件。

「相談できる場所があったら、助けられた命がある」。活動の中で痛いほど感じた思いだ。だから、ドアのスタッフは相談者にこう言葉を掛ける。

「勇気を出して相談してくれてありがとう」
このことばに、多くの女性が助けられてきた。
永原さんは、第二第三の小さないのちのドアが全国に作られることと、妊婦や新生児が守られる法整備が急務であることを訴え続けてきた。出産後の女性の自立のために、受け入れてくれる就職先の確保も喫緊の課題だ。

「思いがけない妊娠で苦しむ女性を非難することなく、温かく見守ってくれるような社会になってほしいです」

さらに、もう一つのマタニティホーム構想もある。産前と産後ではケアの仕方が違うため、新たな場所の必要を感じている。

永原さんは「涙を流しながら小さないのちのドアを訪れた何人もの方々が、笑顔でこのドアから新たな一歩を踏み出されました」と、著書に綴(つづ)っている。

笑顔になった女性をMusubiの近くのバス停で見送るのが一番うれしい瞬間だ。

「いつでも帰っておいで」

一人ではない、支えてくれる人たちがいて、帰る場所があるとわかった女性たちは、前を向いて力強く歩んでいる。

 

「本当の愛の中で生きてほしい」

『小さないのちのドアを開けて』ワンシーン
▼「CASE3 不倫妊娠・ゆきの選択」より

▼「CASE5 妊娠中絶・はるの選択」より

▼「CASE6 とびこみ出産・さとみの選択」より

非難せず、丸ごと受け止めて寄り添う

永原さんと西尾さんの共著『小さないのちのドアを開けて 思いがけない妊娠をめぐる6人の選択』は、小さないのちのドアを訪れた6人の女性たちのエピソードを、漫画とコラムで綴った実録だ。漫画は漫画家ののだますみさんが担当した。

小さないのちのドアの働きに密着し、取材を重ねたのださんは「決して女性たちを非難せず、丸ごと受け止めて寄り添い、どうしたらお母さんも赤ちゃんも幸せになれるか、いっしょに考え支えていく、まさにイエス様の愛を体現している働きです」と、敬意を込める。

本書に登場するのは、SNSで知り合い、妊娠がわかったとたん相手に連絡先を絶たれて途方に暮れる女性や、中学生の妊娠、風俗業で働く女性、中絶に苦しむ女性や夫のDVにおびえる女性たち。一歩間違えば誰でも当事者になる。そんな危うさが緊迫感と共に伝わってくる。

夫から強要されて妊娠を繰り返し、3回も中絶を繰り返した「さとみさん」のケースは、DVの残酷さをリアルに伝える。幼児を2人抱えて、生活費を入れない夫。妊娠がわかった「さとみさん」は「もう中絶したくない」と、こっそり産んで赤ちゃんポストに預けようと考えるが、そこが遠い九州だとわかって愕然(がくぜん)とするシーンがある。何人の女性が同じような絶望感を抱いただろう。

「小さないのちのドア」につながることができた「さとみさん」は、初めて夫との離婚を前提に将来を考えることができるようになる。DVに支配されていた心が解放される様子が、優しい画風の漫画でていねいに描かれる。

本書は各エピソードをコラムで解説し、妊娠出産に関わる知識や行政手続きなども含めた情報を掲載して、現状を伝えると共に実用書としても充実した内容になっている。印象深いのは、苦しむ女性のために祈るシーンだ。スタッフは全員クリスチャン。毎朝祈りをささげ、Musubiでは毎週チャペルタイムを開いている。

「本当の愛に触れる経験になってくれたら。すぐではなくてもいつか、まかれた種が芽を出し、本当の愛の中で生きることを願っています」

 

神に祝福され、この世へと送り出されたいのち

日本フリーメソジスト神戸ひよどり台教会 牧師 大嶋博道

「神である主は、…その鼻にいのちの息を吹き込まれた。それで人は生きる者となった」(創世記2・7)

いのちの源は天地万物の創造主、神にある!

まず、私は、すべての人の命は神によって祝福され、「しっかり生きておいで」と、この世へ送り出された、かけがえのない尊いものであると確信しています。ですから、大きな命も小さな命も、すべての命は置かれた場所で生きる権利があるのです。

 

小さないのちのドアの活動に関わって

私は、「小さないのちのドア」の創設時から、永原郁子代表理事が所属する教会の牧師として、また、同法人の理事の一人として、この活動に関わってきました。

それは、この法人の理念に賛同したからです。

すなわち、「胎児や新生児もかけがえのない尊い命、大切な社会の一員と考えるとともに、その命を宿した女性が社会的にも経済的にも安心して出産できるように支えていくこと、また育てることが困難な場合であっても特別養子縁組により児(こ)を養父母に託すことによって、女性と児の命を守り、より健全な生活が維持されることを目的とする」という理念です。

ここにどんな命も尊厳されるべきであることと、命を宿した女性への行き届いたトータルケアが明記されており、極めて聖書的であると受け止めています。

代表理事とスタッフは、電話やメールやSNS、また来所をとおして、思いがけない妊娠により途方に暮れる妊婦や、出産後、育てられないと追い詰められた女性の相談を「24時間体制」で受けており、まさにフル稼働しています。

ですから、私は教会の牧師として、これらの人たちが心身共にベストコンディションでその活動を継続し、使命を全うすることができるように切に祈らざるを得ないのです。

 

マタニティホーム〝Musubi” の祝福を願って

2020年12月、予期せぬ妊娠をして行き場のない女性たちが安心して滞在できる施設“Musubi”が完成、竣工式で司式をさせていただきました。

爾来(じらい)、私は、この施設の1階の開放的なカフェスペースで、女性たちやお世話をしておられるスタッフの方々に、月1回、聖書のお話をしています。

特に、入居しておられる妊婦の方々とこの世に生まれた新しい小さな命が愛の神様に“Musubi”ついて、豊かな祝福された旅路を歩んで欲しいからです。

この記事をご覧の皆様も、「小さないのちのドア」を覚え、特に、この活動が神戸から全国的に展開されるよう、お祈りとともに力強いご支援を賜りますよう、心からお祈り申し上げます。

小さないのちのドア

〒651- 1123兵庫県神戸市北区ひよどり台2―30―7
TEL078・743・2403 Mail=inochi@door.or.jp

クリスチャン新聞web版掲載記事)