チュ・サンミ監督プロフィール:
 父は著名な演劇俳優の故チュ・ソンウン、兄のチュ・サンロクも俳優という演劇ファミリー。大学4年のとき劇団ムチョンの「ロリータ」(1994年)で演劇デビュー。映画デビューは チャン・スンウ監督の「つぼみ」(’96年:原題:꽃잎)。2003年にミュージカル「若きウェルテルの悩み」で共演したイ・ソクジュンと出会い、4年間の交際を経て’07年11月にソウル市のオンヌリ教会で結婚式を挙げた。結婚を機に演技・演出について見つめ直すため(韓国の)中央大学校大学院芸術学科に進学。’11年に男児を授かる。結婚・妊娠・育児の経験は、監督として本作を制作する大きな力となった。
©2016. The Children Gone To Poland.

朝鮮戦争(1950年6月25日~1953年7月27日)での戦争孤児たちを、北朝鮮の金日成は戦争継続のため6000人ともいわれる子どもたちを’51年から東欧圏諸国へ“委託教育”として移送、そのうちの1500人はポーランドへ送られた。見知らぬ東欧の大人たちの世界へたどり着き、栄養失調状態だった孤児たちの“いのち”を純粋に愛して受け入れたルーマニアの教師と戦争孤児たちの心の絆を追ったドキュメンタリー映画「ポーランドへ行った子どもたち」が、6月18日[土]よりポレポレ東中野ほか全国で順次公開される。本作は、女優のチュ・サンミさんにとって製作・監督した劇場初公開作品。脱北者の大学生とともにポーランドへ取材したチュ・サンミ監督に話しを聞いた。 【遠山清一】

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母となり“いのち”を見つ
めて共感した嘘のない愛

ドキュメンタリー映画「ポーランドへ行った子どもたち」の冒頭で、結婚・妊娠を機に大学院芸術学科で演技と演出を学び直したこと、出産後に我が子への愛着から不安がつのり産後うつを経験した自身の経験を紹介している。ある日、偶然に北朝鮮の孤児たちが飢餓に苦しみ彷徨う映像を見て、「この子の母親はどうしているの?」とチュ・サンミ監督自身の母性が激しく揺さぶられる。同じころ、出版社でポーランドの作家ヨランタ・クリソヴァタのドキュメンタリー小説で、1950年代に北朝鮮の金日成の指示で韓半島の戦争孤児たちが秘密裏にポーランドへ強制移送されたことを知り、その小説を原案に制作された公営テレビのドキュメンタリー「キム・キドク」を観た。北朝鮮からの“委託教育”を受け入れた村のポーランド人教師たちは、アジアの孤児たちを我が子のように受け入れ、子どもたちの“いのち”だけをみつめる嘘のない愛を注いだ。子どもたちも彼らを親のように慕っていく事実を知った。

チュ・サンミ監督は、ヨランタの著作にインスパイアされて当初は映画ドラマの制作に取り組んだ。北朝鮮から命がけで脱北してきた10代の青少年たちをオーディションで募集するが、制作が進むうちポーランド教師たちと戦争孤児たちの交流の実態を深く知ろうと、脱北者の大学生イ・ソンとともにポーランドを訪れ、教師たちと出会いその心の機微に触れていく。60年を経ても彼らは泣きながら、子どもたちを懐かしく思い出す元教師と村人たち。突然“委託教育”が解除され、強制的に北朝鮮へ送り戻された孤児たちの行く末は? チュ・サンミ監督とポーランドを取材旅行しながらイ・ソンは、涙を流しながら北朝鮮にいる弟のことを語る…。

「教会ごとの観客が観てくださった」
ソウル国際サラン映画祭基督映画人賞受賞

2018年に公開されたドキュメンタリー作品だが、’19年にクリスチャンの映画人に贈られるソウル国際サラン映画祭基督映画人賞を受賞している。

「10年以上続いているクリスチャン映画人の国際映画祭です。私自身もクリスチャンなのですが、クリスチャンの信仰心をもって作ったドキュメンタリーであるとして評価していただき受賞できました。この作品は、一般の人たちもよく鑑賞してくださいましたが、教会という単位で結構多くの方に観ていただきました。’19年には、アメリカでの教会上映ツアーを行なうことができました。この作品は、私の感覚では、観た人の半分くらいはクリスチャンなのではないかなと思っています」。

子どもたちを抱きしめるような
ドキュメンタリーを作りたかった

ポーランドは共産圏の中でも自由な雰囲気のあるカトリック教会は異文化空間だった。だが子どもたちは、北朝鮮の監視教員が同行していて、祈ることも許されなかった。 ©2016. The Children Gone To Poland.

日本では、東欧圏に戦争孤児を“委託教育”で移送した隠された事実を、金日成の神格化を目論んだ共産思想教育という人権問題の視点から描いたキム・ドギョン監督のドキュメンタリー「金日成の子どもたち」が2020年に小規模ながら公開上映された。キム・ドギョン監督の男性的な作風とチュ・サンミ監督の孤児たちとポーランド人教師たちとの心の交流を基軸にした女性的な視点の違いは制作意図として抱いていたかについて聞いた。

「日本ではキム・ドギョン監督の『金日成の子どもたち』が先に公開上映されたようですが、韓国では『ポーランドに行った子どもたち』(2018年制作)の方が先に公開されていたので、私が二つの作品の違いを意図的に作ることはできません(笑)。でも、キム・ドギョン監督はテレビプロデューサーとして長年東欧圏に送られた戦争孤児たちの問題を追っていた方です。特にルーマニアへ送られた子どもたちのテレビドキュメンタリーで紹介されていたようですが、私は(制作前に)それらの作品も拝見していませんでした。」
「男性監督と女性監督との違いについては、『金日成の…』は歴史的事実に重点を置いて政治的視点と金日成の問題を丁寧に扱っているように思います。私自身は、歴史的ドキュメンタリーを作ろうという考えは全然なくて、もっとドラマ的なドキュメンタリーを作りたいと思っていました。私自身が、(歴史的)ドキュメンタリーの専門家ではありませんし、人類愛的な、ヒューマニズムな観点からドキュメンタリーを作りたいと考えていました」。
「戦争孤児たちが東欧に行ったのは『金日成…』にも出てくるように、政治的背景がかなりあるのですが、そういう視点から描くのは私の作品では最小限にして、もっと母性とか、そういう観点から見せたいなと思っていて、子どもたちを抱きしめるような、そういうドキュメンタリーを作りたいと思っていたので、かなり違いがはっきり出たのだろうなと思います」。

脱北した子どもたちの
“心の傷”をも癒したい

チュ・サンミ監督は、ポーランドに行った戦争孤児たちを書いたヨランタ・クリソヴァタ女史の『キム・キドク』に触発され、映画ドラマ「グルトギたち」(그루터기 우리:切り株たち)の制作に取り掛かり、脱北した青少年たちの出演者をオーディションしている。なぜ、命を懸けて脱北し、フラッシュバックするかもしれない危険性を超えて出演させようと考えているのだろうか。

プワコビツェの汽車停車場に着いた子どもたち ©2016. The Children Gone To Poland.

「韓国の子役たちは演技の上手な子たちがたくさんいます。韓国の子役を使う選択肢は、もちろんあると思いますが、北朝鮮の子どもたちが持っている文化や北朝鮮の訛り(方言)とか子どもたちが持っている感性や雰囲気など、ちょっと違うものが反映できたらという思いもありました。
一方、脱北経験が子どもたちの内面に何か否定的な、害になるようなことがあってはいけないことついても考えました。(過酷な経験をした人たちへの心的治療法として)ドラマセラピーがあります。自分自身の話だとかなりきつい部分もあるのですが、似ているけれども第三者の誰かを演じることによって治癒できるという臨床的効果があることを聞き、専門家の先生たちにも相談しながら、子どもたちにとって“心の癒し”にも良い効果が得られるよう、話し合いながら進めてみようと思い判断しました」。

心の治癒者、宣教師めざす
脱北者青少年たちと教会

本作で、オーディションを受けた大学生イ・ソンをポーランドに同行させました。彼女は、ポーランドでの経験から「グルトギたち」に早く出演したいという希望をさらに強くしたようですね。

「はい。イ・ソンには、ほんとうに才能がある子だなと思います。ところが、私にとっては複雑な思いなのですが、彼女は大学院へ進むのにあたって、夢を俳優から宣教師に変えて神学院へ進みました。いまはインドネシアなどアジアへの宣教師を目標にしているようですが、最終的な目標は、北朝鮮へ宣教師として行きたい夢を抱いているようです」。

本作でオーディションを受けた(イ・ソンと同い歳くらいの)オニョンという女性も、本作の中で将来の夢は「見えない傷を癒す治癒者か宣教師になりたい」と言っている。脱北した青少年たちの中には、そういう夢や希望を抱く人たちがいるのだろうか。

「確かに、オーディションに応募した子どもたちの中には、宣教師になりたい夢を持っている子は何人かいました。そして、いつか北朝鮮に行って宣教したいという話しも聞いています。なぜかというと、脱北者の受け入れに教会が大きな役割を果たしていて、教会の共同体の中で韓国の人と脱北者が共に過ごすことが、とても多いのです。
いま韓国には3万人以上の脱北者がいると言われています。ポーランドの先生たちが北朝鮮から来た戦争孤児たちに行ったように、教会の人たちから愛情を受けた脱北した子どもたちが、そういう愛情と信頼のなかで育まれて、将来は宣教師になりたいとか、牧師への道を選ぶ人たちもいます。
脱北者と多くの教会の人たちからの交流とケアがあると、私としては南北が統一したとき、北朝鮮の門戸が開かれたときに、脱北者が先ず(北朝鮮に)入っていって、架け橋(ブリッジ)のような役割を果たすのではないかなと思っています。東西ドイツの例を見ても、いろいろな分野でブリッジの役割を果たす人が必要になってきます。脱北者の子どもたちは南北どちらも経験している存在です。南北の架け橋の役割が果たせるでしょう。最終的には、教会の中で受けた経験を、北朝鮮の地方の隅々にまで行って宣教する人たちも出てくるのではないかと思っています。クリスチャン新聞でも、そのことのためにお祈りしていただけるとうれしいです」。

©2016. The Children Gone To Poland.

脚本は完成している映画「グルトギたち」
新型コロナ禍収束への先行きに期待感

ドキュメンタリー映画「ポーランドに行った子どもたち」では、高齢になったポーランドの元教師たちを訪ね、貴重な証言と戦争孤児たちが生きていた証しを記録できた。その端緒となった映画ドラマ「グルトギたち」の制作・撮影はいつ頃になるのだろうか。

「はい。すでに脚本は完成しています。ですが、「グルトギたち」の製作費への投資規模はかなり大きい企画ですので、ここ数年の新型コロナ禍で映画産業への投資は厳しい情況でした。一方でネット配信サービスへの投資は活発化しています。ネット配信サービスからのお話しもいくつかありますが、シリーズ化する場合は脚本を書き直さなければなりません。いろいろ検討しています。来年には撮影に入りたいのですが…」。

映画「グルトギたち」は、ポーランドの作家ヨランタ・クリソヴァタ女史のドキュメンタリー小説『キム・キドク』に触発された作品で、病気にかかり強制送還された孤児たちに同行できず、一人ポーランドに残され2年後に亡くなった少女をとおして戦争孤児たちの物語が展開する。劇場公開映画かネット配信サービスのシリーズドラマになるかは未定だが、はやく新型コロナ禍が治まりクランクインに入れるよう祈りたい。

ポーランドに行った子どもたち】 監督:チュ・サンミ 2018年/78分/韓国/映倫:G/原題:폴란드에 갔던 아이들、英題:Children Gone to Poland 配給:太秦 2022年6月18日[土]よりポレポレ東中野ほか全国ロードショー。
公式サイト http://cgp2016.com
公式Twitter https://twitter.com/cgpoland2016

*AWARD*
2018年:釜山国際映画祭出品。金大中ノーベル平和映画賞受賞。 2019年:春川映画祭審査委員特別賞受賞。ソウル国際サラン(愛)映画祭基督映画人賞受賞。 2020年:大阪アジアン映画祭特集企画《祝・韓国映画101周年:社会史の光と陰を記憶する》上映。 2021年:座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル出品作品。