複雑さの中の秩序に「創造の美」を見る 中村昇氏(シカゴ大学地球物理学科教授) 志学会で講演

アトリエのろくろの回転を利用して、地球の気流を再現する場面もあった

 

「神の国建設」人間も担う

 

日々の天気から将来の地球環境まで、気象は身近な問題になっている。キリスト者の研究者を励ます志学会による第37回公開講演会が5月14日にオンラインで開催された。「『明日晴れるかな』-地球環境と予測可能性、リスク、希望-」の題で気象学者の中村昇さん(シカゴ大学地球物理学科教授、米国気象学会公認気象コンサルタント)が語った。【高橋良知】

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中村さんは米国の自宅のアトリエからエプロン姿で登場した。「表向きは科学者で、実質アーティスト」と話すほど芸術に造詣が深い。
東京生まれ、横浜育ち。幼いころから自然が好きだった。中高生時代は山岳部に所属し、雲の動きを見て天気図を扱い、気象学に興味をもった。画家になる夢も捨てがたかったが、東京大学理学部に進学した。

米国留学時には、後にノーベル物理学賞を受賞(2021年)した地球科学者の真鍋叔郎氏とも交流した。中村さんはもともとカトリックの家庭でキリスト教文化にはなじみがあった。さらに妻の佐知さんとの結婚をきっかけに信仰を明確にした。「競争が激しい研究者の生活に不安があった。万物の創造の基であるイエス・キリストがおられ、ありのままに自分を受け入れてくれる。その愛の神様に信頼しました」

92年からシカゴ大学に着任し、研究、教育の一方、大学チャペルでの奉仕、日本人留学生伝道にも従事。『DNAに刻まれた神の言語』(『ゲノムと聖書』[NTT出版]の改訳、フランシス・コリンズ著、いのちのことば社)を、佐知さんと共訳している。

信仰者の生き方として「地上の神の国の建設のために人間は重要な役割を担う。自分一人良ければいいのではない。弱い立場の人や自然環境を考えたい」と勧めた。

 

「自分一人良ければ」ではない

 気象のカオスと秩序の解明

長期の天気予測はまだまだ難しい

 

地球物理学では、環境の将来予測と防災支援、現象の基本的理解、地球の歴史や他の惑星環境の解明に取り組み、「創造の美しさ、複雑さの中の秩序をひも解く」と話す。

気象予測については、現在の観測と物理法則に基づく「決定論的予測」と過去の経験と統計に基づく「統計論的予測」がある。
決定論的予測では、初期条件を入力し、時間積分し予測する。「ビリヤードで言えば、最初の玉の角度や勢いで、その後の玉の動き方が変わるのに似ている。気象は高い自由度があり不確定性を生み出す。初期条件が少し違うだけで、2週間もたつと結果はバラバラになる。コンピューターが発達したが、長期予測となると、まだまだ難しい」と語った。

大気の動きはカオス的だが、全体として法則があることを、ジェット気流の再現実験を電動ろくろで実演しながら示した=写真上=。
2018年に、異常気象の原因ともなるジェット気流の蛇行変化「ブロッキング現象」のメカニズムを解明した。「渋滞発生のメカニズムと同等であることが分かった。他の分野との思わぬつながりがサイエンスのだいご味」と述べた。

統計論的予測は過去の気象状況のデータから確率的に予測する。天気予報や地震予測で用いられる。地震などでは被害予想額と発生確率を掛け合わせることでリスク評価する
さらに気候問題にも触れた。「気候は長期の平均気温。次に出るさいころの目が分からなくても、平均の出方は予想できるのと同じように、2週間先の天気はわからなくても、20年先の気候については予想が可能。温暖化は20年間で1度進んだ。単に平均的に暑くなっているだけではなく、『極めて暑い夏』の頻度が爆発的に増えている」と指摘した。

台風の強大化、干ばつ、海水面上昇など様々な災害リスクも生じている。問題の対処は科学者だけでは難しい。「国家間の利害関係などで進まない。市民に、データを示しても、陰謀論や偽科学が広がる構図がある」と話す。

その中でキリスト者に向けて、被造物の管理責任、災害被害を受ける弱者に手を差し伸べることへの使命を語り、「できることをはじめよう」と勧めた。

 

 情熱・刺激・独創性も神から

 

最後に「研究を研究たらしめるもの」として情熱、刺激、独創性の3点を挙げてこう励ましたした。「情熱が途切れたら危機的。情熱は学びを進める中で神様から与えられる。原動力となった情熱がどこから来たか振り返ってほしい。私にとっては子どもの頃に自然に触れることが自然科学に進む上で大きかった。また恩師に恵まれた。通常と違うものの考え方でも思い切ってやってみてほしい。孤独もあるだろうがクリスチャンは将来の希望を信じられる。出版数や引用数などが、研究の評価の指標になりがちだが、研究者にとっては確固たる信念、独創性が重要だと思います」

質疑応答では、数量的な研究評価基準への疑問、障がい者の権利擁護、研究ポストでのジェンダーや人種のバランス、米国における科学不信の背景、米国の教育、研究における人工知能の活用などについて話し合われた。

クリスチャン新聞web版掲載記事)