在りし日のグレッグ・デイビスさん (C)Joel Sackett

政治の世界では、戦争は終わるのかもしれない。だが、戦争の傷痕は数十年、百年経っても消えることはないし、むしろ後継世代に新たな傷痕、障害を与え続ける。ベトナム戦争に徴兵され、除隊後アジアでの戦争の傷痕を見つめる写真家になった夫の急死。その一因にベトナム戦争での枯葉剤の影響があることに気をづかされた坂田監督は、枯葉剤被害が現在も甚大な被災を起こし続けている重い現実を追い続ける。強力な枯葉剤を製薬した企業を製薬を奨励しベトナム戦争に使用したアメリカは薬物兵器使用の加害責任と被害補償を認めようとしない。立ちはだかるいくつもの課題に対峙し、義憤と被害者支援とかかわる中で、心に聴こえてきた夫のメッセージに導かれるように拓かれている“希望”への道程を指し示しているドキュメンタリー。

ベトナム戦争での枯葉剤災禍の
追及から導かれた希望への光

同じ1948年生まれの夫グレッグ・デイビスと坂田監督が出会ったのは、1970年のこと。坂田監督は京都大学の学生だったが、ベトナム反戦運動や反体制運動など学生運動の活発な時代だったが、坂田監督自身は政治に無関心で学校にも失望し鬱々とした日々の中にあった。出会ったグレッグは、17歳からアメリカ軍兵士として4年間南ベトナムに駐留。各地を転戦し、毒性の強いダイオキシンを含む枯葉剤を大量に散布した後、人体には問題ないと命令されるままベトコン掃討のためジャングルに入り、枯葉剤で湿った土を踏み汚染された水も飲んでいた。

除隊後、グレッグは二度とアメリカに住むことはなかった。ベトナムでのアメリカの戦争犯罪を批判し、世の中の起こっている現実を見つめ、その理由を知ろうとアジアを旅し、日本で坂田監督と出会い、結婚。グレッグは、85年に戦後のベトナムをはじめて訪問し、アメリカが撤退した後のベトナムの惨状を目の当たりにする。その後、フォトジャーナリストの道を歩み、戦争の後の人々の生活を捉え続ける。

施設「平和村」には枯葉剤による重度障害の被害者が多数いるが、近く閉鎖される予定という。 (C) 2022 Masako Sakata

だが2003年、夫グレッグは突然体調が急変し、入院2週間後に肝臓がんで逝去する。その原因の一つに枯葉剤が関係しているのではと示唆された原田監督は、枯葉剤について調べ、ドキュメンタリー映画を作ろうと思い立ち、渡米してドキュメンタリービデオ制作のコースを受講する。そうして制作・取材した最初の監督作品が「花はどこへいった」(2008年)。第2作目「沈黙の春を生きて」(2011年)で、南ベトナムに散布された枯葉剤の被害者がベトナム全土に広がっており、新生児と家族に悲惨な情況を起こし続けていることやベトナム帰還兵とその家族にも同様の被害をもたらしていることなどを医師や科学者への取材とともに伝えた。

2015年から21年にかけて枯葉剤問題の関連会議や被害者支援などとの関わりもあって数回ベトナムを訪問取材してきた。映画「花はどこへいった」の取材から十数年経ったベトナムは、目覚ましい経済発展を遂げている一方で、前2作で取材した被害者家族たちの現状を見つめていく。多大な被害を及ぼした枯葉剤の製薬企業やアメリカ政府の責任を求める訴訟は、認められない判決が下っている。夫の急逝からかかわり続けてきた枯葉剤の災禍だが、困難な道程のなかでも亡夫グレッグのスピリットとメッセージは、戦争の深い傷痕の悲痛さからも癒しと希望への道を拓こうとしている…。

身近なダイオキシン
流出汚染の危険性

ベトナム戦争で使用されたダイオキシンを原材料とした枯葉剤による人体への汚染被害。遠く古い話のような感覚になるが、現在の日本にも影響を及ぼしている環境問題でもある。
今年1月20日にNHKのニュースウェブサイトに「“猛毒”地中に 枯れ葉剤の原料 漏れ出す懸念も 負の遺産をどうする?」のタイトルで、林野庁が猛毒のダイオキシンを含む化学物質「2,4,5-T」を除草剤と使用していたが、ベトナム戦争での甚大な被害を及ぼす危険性が認識された1971年4月に使用中止を決定、直ちに農薬登録も抹消。大量に保存していた「2,4,5-T」を山中に埋設処理した。いまも全国15道県46か所の山中に埋められたままの状態で、土砂崩れなどで地中汚染やダムや河川への流出汚染が懸念されている。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220120/k10013434821000.html

(C) 2022 Masako Sakata

戦争はさまざまな形で人間社会を破壊する物質や兵器を作り出す。一度、使用すれば効果が大きければ大きいほど直ぐには止められない。それらが一般社会にも応用流通されると環境破壊や人体への後遺症の傷痕は深く長く続いていく。アジアを取材し、自ら枯葉剤を浴びせられたベトナムの悲惨な情況をフォトジャーナリストとして記録し、伝え続けた夫グレッグの想いを受け取った坂田監督は、ただ義憤から訴えるだけでなく、ベトナムの枯葉剤被害者の子どもや兄弟姉妹たちのため奨学金制度の開設を提唱し、運営している。それは、ベトナムで被災者の医療や社会生活を支援してきた人たちの想いが一つの実になった証しなのだろう。希望を指し示すメッセージは温もりのある光を感じさせてくれる。 【遠山清一】

監督:坂田雅子 2022年/60分/日本/日本語・英語・ベトナム語・フランス語/ドキュメンタリー/英題:Long Time Passing/ 配給:リガード 2022年8月20日[土]よりポレポレ東中野ほか全国順次公開。
公式サイト  http://masakosakata.com/longtimepassing
Facebook https://www.facebook.com/masakosakata.official/