人口減少、災害、コロナ禍、戦争、カルト問題…中長期的な課題を含め、2022年も、クリスチャンにとって教会や伝道の在り方を考えさせる時となった。この時代、変わらぬ御言葉を携え、様々な領域の人と関係を築き、教会を形成し、いかに人々にイエス・キリストを証ししていくか。各神学校に教育の力点とともに聞く。

消え去ることのない御言葉 神戸ルーテル神学校 校長 石﨑伸二

 

2022年も、コロナ禍の影響が収まらない中、世界的規模で、また日本国内でも次から次へと災害や事件や事故が起こった。ロシアのウクライナ侵攻や、カルト宗教の問題から生じた殺人事件などが日本国内を大きく揺るがし、今も続いている。

そのような中にあって、教会は礼拝し、伝道し、主イエスの再臨に心を向けつつ歩んでいる。3年間収束することなく続いた新型コロナ感染症の影響、教会の礼拝のあり方や、人々の動きに変化が生じた。ともすれば、消極的になった伝道活動の言い訳としてコロナという言葉が使われることさえある。

ここで、聖書は何と言っているのかに目を向けたい。牢獄に捕えられて、死が迫っているパウロから弟子のテモテに宛てて書かれた第二テモテ4章を見てみる。自分がこの世を去って行く前に、テモテに残しておきたい最後の言葉であるからたいへん重要な言葉であろう。

「神の御前で、また、生きている人と死んだ人をさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国を思いながら、私は厳かに命じます」(第二テモテ4・1)と語り、テモテが召された時のことを思い出させ、最初に言ったのは、「みことばを宣べ伝えなさい」(4・2)ということであった。まさに、牧師の職務である。しかも「時が良くても悪くても」と、状況による一切の条件を排除している。

この言葉を聞くと、多くの人が「今は時が悪い」と感じるであろう。そのように感じさせる要素に満ちている。コロナもあれば、少子高齢化、戦争など、困難な理由はいくらでも探し出せる。しかし、ここでは時が良いか悪いかを考えるのではなく、どんな時でも御言葉を宣べ伝えるように命じられている。

これまでの時代で、「今は良い時だ」と感じる時がどれほどあっただろうか、、、、、、

2023年01月01・08日号掲載記事)