「事柄」より「人」に目を向け祈る課題

原発視察・座談会に参加した大島博幸氏(左、日本バプテスト連盟福島主のあしあとキリスト教会牧師)と木田惠嗣氏(右、ミッション東北郡山キリスト福音教会牧師)。作業中の原子炉3号機建屋前で

廃炉作業を阻む高い放射線

視察レポート● 大島博幸(福島主のあしあとキリスト教会牧師)

国道6号線から雑草の生い茂る一本道を抜けると、堅固なゲートに着く。その向こうには大型の建物と林立するタンク群。2022年12月3日、「東京電力福島第一原子力発電所視察・座談会」に、木田惠嗣牧師と参加した。この視察座談会は、2019年秋から福島県の太平洋側(浜通り)13市町村の住民を対象に、公募型視察として毎月行われている。2021年からは年5回、福島県内住民を対象として拡大実施されたが、新型コロナウイルスの感染拡大状況で中止となっていた。2022年に再開され、それに参加した。

集合場所は富岡町の「東京電力廃炉資料館」。この資料館は、もともと福島第二原発をPRする「エネルギー館」として建てられた。東日本大震災・福島第一原発事故を経て、2018年11月30日に廃炉資料館としてオープン。これまでに9千800人が来館したという。ここから視察スケジュールは始まる。本人確認と概要の説明の後、資料館でのシアター視聴へと続く。
シアターでは、「2011年3月11日、当社は福島第一原子力発電所で、極めて重大な事故を起こしました。福島県の皆様、広く社会の皆様に、甚大な被害をもたらし、今なお多大なるご負担とご心配、ご迷惑をおかけしていることについて、心よりお詫び申し上げます」という言葉から始まり、当時の状況とその対応の映像が流れ、最後に「当社は、原子力発電を行うにあたり、皆様が暮らす社会に放射性物質を漏らさないよう、安全に万全を期していると思い込んでいました。私たちが思い込んでいた安全とは、実に私たち東京電力のおごりと過信に過ぎなかったことをまざまざと思い知らされました。あの巨大津波が、事前に予想困難だったからという理由で、今回の事故を天災と片づけてはならないと考えています。当社は、人知のかぎりをつくした事前の備えによって防ぐべき事故を、防ぐことができませんでした。この事故に正面から向き合い、私たち東京電力は深く反省いたします。そして自己の反省と教訓を胸に刻み、福島を復興し、事故を起こした発電所を安全に廃炉にすることに全力で取り組んでまいります」で締めくくられている。

シアター視聴の後、バスで第一原発に向かう。廃炉資料館から第一原発までは、国道6号線を北上し、約10キロメートル、20分の道のりだ。道々、福島第一原発立地の説明を聞く。敷地は、東西1キロ、南北3・5キロ。大熊町と双葉町にまたがり、敷地面積は350万平方メートル。東京ドーム75個分とのこと。原発の1号機から4号機は大熊町の敷地に、5号機、6号機は双葉町の敷地にある。
原発の入口のゲートを抜け、入退域管理棟前で下車して建物へ。そこで本人確認をし、一時立入許可証と個人線量計が貸与され、金属ゲート、入構ゲートへと進む。厳しいチェックの後、構内バスに乗り換えて視察が始まる。基本的に構内はバスの車窓からだが、1~4号機原子炉建屋が外観できる場所と最後のALPS処理水サンプルの2か所ではバスから降りて説明を聞く。
最初の降車場所は、1~4号機原子炉建屋外観エリア。原子炉から100メートルほどの位置だ。大熊町域にある原子炉1号機から4号機は、もともと太平洋に面した35メートルの断崖絶壁の場所を、25メートル下の岩盤まで掘り下げ、海抜10メートルの場所に原子炉を造った。双葉町域の5号機、6号機は立地条件の違いから海抜13メートルの場所に原子炉はある。

震災・津波被害の大きさ目の当たり

福島県を襲った東日本大震災の津波は15メートル。1号機から4号機の津波被害の大きさが分かる。1号機は水素爆発した。現在も建屋上部三分の一に錆びた瓦礫(がれき)の鉄骨が見える。この瓦礫と使用済み燃料棒は、2027年から28年に撤去予定。融け落ちた燃料デブリがある。2号機は、側面パネルが開いて水素が抜け、爆発は免れた。ただし燃料は融け落ち、デブリとなった。2024年から26年に使用済み燃料棒の取出しを行う予定。3号機も燃料が融け落ちデブリあり。ドーム屋根を造り、使用済み燃料棒は2021年2月に無人ロボットで取り出しを終えた。この1号機から3号機はデブリにより高線量で、現在も原子炉格納容器に注水を続けている。4号機は事故当時、定期点検中で稼働しておらず、2014年に使用済み燃料は取出し完了。デブリはなし。

上下を繰り返す線量計の数字

ここで説明を約15分聞く。この場所の空間放射線量は、毎時60~100マイクロシーベルトあり、かなり高い。建屋周囲には、地下水をくみ取る井戸や、凍土遮蔽壁のための配管等、管が張り巡らされている。その後見学バスは、5号機・6号機の付近を経て、多核種除去設備(ALPS)や個体廃棄物貯蔵庫や焼却設備等を通って、ALPS処理水サンプルにて降車、説明を聞いた。現在ALPS処理水と通常の水でそれぞれ海洋生物(ヒラメ等)の飼育を行い、経過を観察しているという。
そうして管理棟に戻り、身体のスクリーニング(放射性物質の有無)を確認し、個人線量計を返却して原発を後にし、廃炉資料館に戻った。その後約40分間の「座談会」。4~5人のグループに分かれ、東電や経済産業省職員と共に質疑応答の時間を過ごした。
視察日は土曜日で、構内作業がなされておらず、福島第一原発は静寂に包まれていた。しかし構内を回ったバスの線量計は、上下を繰り返し、放射性物質の存在とその力強さを感じた。安全を維持し、的確な廃炉作業を阻むのは、放射性物質による高い放射線だ。向こう30年から40年かかるとされる廃炉作業、汚染処理水の放出も30年余の年月がかかる。また事故で放出された放射性物質の、セシウム137の半減期は30年とされる。
政府の「放射能緊急事態宣言」は、いまだ解除されていない。私たちの世代を超えて、次の、またその次の世代にも及ぶ、、、、、、

廃炉について説明する経産省資源エネルギー庁の資料が配付された

2023年01月01・08日号掲載記事)