当時の聖書日課が、現代の受難にも響く 日基教団東北教区で東日本大震災12年記念礼拝
神は母が子を慰めるように
東日本大震災から12年の記念礼拝が、日本基督教団東北教区主催で3月11日に行われた。荒井偉作氏(名取教会牧師)が「母がその子を慰めるように」と題して、イザヤ66章12~13節とヨハネ14章18~19節から説教した。
用意された『3・11私たちの祈り』が会衆一同で唱和され、被災者と被災教会のため、原発災害の悔い改め、為政者のため、3・11以外の災害・戦争・迫害のため、祈りがささげられた。以下は説教の要約。
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手を差し伸べる神
トルコ・シリア地震の被災者が「神様助けてください」と叫んでいた。これは私たちの叫びと同じだ。あるウクライナ難民は、祖国を「カタストロフ」だと表現していた。この人には、祖国の破滅的な大惨事が、石巻と重なって見え、石巻で語り部として活動し始めたのだ。この12年間、世界中で多くの方がカタストロフの痛みの中、「神様助けてください」と叫び、嘆き、祈っている。
聖書箇所は、ローズンゲン聖書日課の2011年3月12日のもの。くじ引きで選んだ旧・新約を読むというものだが、この日のために選ばれたかのようだ。被災地では、暗闇と寒さ、恐怖と緊張の中から、朝の光が差した時。世界では、大震災のニュースが届いた時。同じ箇所が読まれていた。傷つき絶望している人に手を差し伸べ抱き上げる、神様の手の働きが感じられるような箇所。当時、世界中で同じ祈りが真剣にささげられたであろうことを、今再び味わう。
慰めと癒やしの神
神はご自身を「母のよう」と表現した。母はいのちの源の象徴。神にとって、愛を通わせられるように創った私たちが滅びゆくのは、心が痛むこと。私たちが立派で価値があるからではなく、神の愛が徹底しているからだ。私たちの命がか細くなった時にこそ、慰めのことばで呼び掛けられる。
3・11は、下から揺れ、横から津波、上から放射線と、自然と人工の三重苦であった。私たちは「助けてください」と祈るが、主イエスは肉となって地上を歩み、常に私たちに先立ち、私たち以上に全ての苦難を引き受け自分のものとし、死を通り抜けられた。震災二日前から始まっていたレント(受難節)と重なり、イエスの生涯の意味をさらに深く知らされる。
私は震災翌月に名取教会へ赴任した。会堂は修繕できたが、命や人生はお金で回復できない。抱えた喪失に対しできることは限られているが、神の深い慰めと、歩むための希望を、聖書全体から必死で聞き取ろう、それを地域と分かち合おう、と歩んできた。
捨てずに生かす神
世界中で大災害や戦争がやむことなく、コロナも覆いかぶさった。私たちが平安に暮らせる世界はいつ来るのか。どうして不幸が二重三重に続くのか。疑問は尽きないが、神は「頑張れ」とはおっしゃらず、私たちの不幸の真っただ中に自ら肉となって飛び込んできてくださることを、私たちはクリスマスを通して知っている。
私たちが神を忘れ捨てようとも、神は私たちを忘れず見捨てず、人知をはるかに超えた愛と慰めで導く。特に弱い立場の人のために、それは尽きることがない。その究極が十字架の死と復活である。【間島献一】
(2023年04月02日号 07面掲載記事)