沖縄市の日本基督教団・高原(たかはら)教会が2018年に教会創立100周年を迎え、今年教会の歴史を子どもたちも受け継いでほしいという願いを込めた絵本『平和の鐘~高原教会100年のあゆみ』を製作した。髙多新牧師が歴史監修と文、髙多ひとみ夫人が下絵と文、信徒の島袋節子さんと中村貞子さんが彩色を担当した。

物語は、戦前戦中戦後の教会の生き証人、信徒の島袋キヨ子さん(キヨさん)が、教会の歩みを子どもたちに語り伝える実話だ。素朴で温かい絵から、当時の沖縄の暮らしや歴史もうかがえる。

高原教会の前身は日本メソヂスト泡瀬教会。1916年に米・メソジスト監督教会の巡回伝道から始まり、18年に上原愛子牧師により教会がスタートした。この教会で信仰を持ち、教会の柱となって戦時中も礼拝を守り抜いたのが、物語の語り手キヨさんの母、石川春さんだ。春さんは上原牧師に導かれて信仰を持ち、牧師と共に教会に住み、近所の人々の迫害に耐えながら福音を伝え続けた。

太平洋戦争が始まり、45年3月、艦砲射撃で泡瀬は全滅した。「『教会が、燃えているよ』と、わたしたちは泣きながら北に逃げました。春は懐に、小さな聖書と讃美歌だけを入れ、逃げていきました」(本書抜粋)

春さんたちは3日歩いてやんばる(沖縄島北部地域)にたどり着き、さらに森の中に逃げ込んだ。やんばるの森の中で、春さんは聖書を取り出し、皆に礼拝をしようと呼びかける。毎日、人目を避けながら、森で賛美歌を歌い祈る日々が続いた。「礼拝している間は、わたしたちは安心していました。やんばるの森の中でも、『神われらと共にいます』と、力づけられていたからです」(同)

戦後、やんばるの森の礼拝を訪れたのが、元羽地村村長で、米統治下で力を尽くし、後に沖縄キリスト教会理事長など重責を担った比嘉善雄さん。比嘉さんは、米国留学の体験者で、スパイを疑われるのを恐れてクリスチャンであることを隠していた自身を、礼拝する人々の姿を見て省みる。

髙多牧師は「比嘉さんは、荒廃した沖縄を立て直すのは福音の力だと確信したのです。この出会いは、沖縄のキリスト教史に大きな足跡を残しました」と語る。

45年9月、戦後初の大伝道集会が開かれ、米軍チャプレンが説教に立ち、多くの人が救われた。比嘉さんの交渉で米軍のかまぼこ兵舎が払い下げられ、念願の新会堂ができる。49年のグロリア台風で全壊したが、信徒たちは四散した資材を集めて再建した。

52年には新たな会堂が完成。米軍第9海兵隊から譲られた初代「平和の鐘」が掲げられた。90年に現在の会堂を献堂。新たな「キリスト平和の鐘」が取り付けられ、100周年の礼拝では、改修してよみがえった鐘の音が高原の地に響き渡った。

2023年06月25日号 04面掲載記事)

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