ハリー・ハフト役のベン・フォスターは自身の体重を28Kgも減量し、ホロコースト生還者たちの証言に聞き真摯に役作りした。その演技からは、生きることの意味と情熱が伝わってくる。 (c)2022 HEAVYWEIGHT HOLDINGS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

ホロコーストを象徴するアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所が解放されて78年が経つ。当時の実態を経験した証言者が少なくなっていくなか、歴史に埋もれていた実話が映画化された。戦後、渡米し“アウシュヴィッツの生還者”を謳いリングに上がっていたユダヤ系ポーランド人プロボクサー、ハリー・ハフト。ポーランドに侵攻したナチス・ドイツ軍によって恋人が連行されたハフトは、彼女の生存を信じ続け、必ず再会できると信じ続ける。そのための努力を惜しまずに戦い続けた半生を描いている。

生き続けるため強いられた
同胞ユダヤ人と決死の拳闘

ポーランドの小さな町ベルハウトで生まれたヘルツコ・ハフト(本名。ベン・フォスター)は、同じユダヤ人女性の恋人レア・クリチンスキー(レアダル・ズーゾフスキー)が目の前でナチス軍に連行されていく。トラックの荷台から「助けて! ヘルツコ!」と叫ぶ彼女の声が耳に残り、ハフトは「(レアよ)生き延びろ。必ず会いに行く」と決意する。
だが、ハフト自身も家族と共に捕らえられ、アウシュビッツ強制収容所へ送られる。強制労働とユダヤ人らを理由もなく毒ガス室か銃殺することが常態化した情況で、ハフトは、囚人の遺体処理の中に妻を発見しショックで泣き崩れている親友のジャン(ローラン・パポ)が監視兵に殴打されているのを見て助けに行く。暴行を止めようとしない監視兵を思わず殴打し、殴り続けるハフトを見ていた親衛隊のディートリッヒ・シュナイダー中尉(ビリー・マグヌッセン)は仲裁してハフトを助ける。シュナイダー中尉の目的は、近隣のヤヴォジュノ労働収容所でのボクシング試合で勝てる選手を育て上げ掛け金を儲けること。対戦相手はハフトの同胞ユダヤ人。シュナイダー中尉は拒否する自由はあると言うが、断ればガス室か銃殺のどちらかが目に見えている。ハフトは生き続けるため選手の道を選ぶしかなかった。報酬は“特別配給”と自分の兄ペレツ、親友ジャンの命を生き長らえさせることができた。

シュナイダー中尉の特訓を受けてハフトは、日曜日に開催される試合のリングに上がった。はじめて「どちらかが起き上がれなくなるまで戦う」とのルールを聞かされる。初戦で勝った相手は、送り出した将校によってその場で銃殺される。しかも、ハフトは次の対戦相手と続けて戦わされる。敗者が銃殺かガス室送りになる凄惨な将校たちの余興ボクシングが日曜日ごとにつづいた。連戦連勝のハフトは、ナチスの将校たちから“ユダヤの野獣”と囃し立てられる。戦局が押し迫り敗戦を覚悟しているシュナイダー中尉。ハフトは移動途中に隙を見て脱走した。

戦後、アメリカへ渡ってプロボクサーになったハフトは、恋人レアの生存と居場所探しを親身にフォローしてくれるミリアムに徐々に心を開いていく。 (c)2022 HEAVYWEIGHT HOLDINGS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

8年後、渡米したハフトは、勝利の新聞記事で自分の名前に気づいてほしいと願いハリー・ハフト“アウシュヴィッツの生還者”を謳い文句にプロボクサーとして戦い続けながら、ポーランド・ユダヤ人協会に何度も足を運びレアの居場所を探すハフト。見かねてスタッフのミリアム・ウォフソニカー(ビッキー・クリープス)が親身にフォローするが時間ばかりが過ぎていく。試合中でも強制収容所での凄惨な経験がトラウマになり、頭をよぎってり負け試合が混んできたハフトに、新聞記者のエモリー・アンダーソン(ピーター・サースガード)が強制収容所での経験を記事にすれば誰もが注目すると誘う。それは、強いられた試合だったが同胞が殺害され続けた話をすることになる。ハフトは葛藤したが、取材を受けることを決断する。案の定、ユダヤ人社会からは裏切り者扱いされ苦しむ。だがその憎まれ役の情況が、有名になるために願っていたチャンピオンのロッキー・マルシアノとの試合を実現させた。愛する女性は生きていると信じ、試合予告記事がレアの目に留まることを願ってハフトはリングに臨む…。

ナチスのユダヤ人絶滅計画に
抵抗し生き続けた勇気の証し

恋人レアと過ごしたベルハウトと凄惨な強制収容所での経験などはモノクロで、アメリカでの物語はカラー映像で描き、過去のトラウマがよみがえるシーンはモノクロになりストーリー展開は分かりやすい。ハフトの心の戦いが伝わるシークエンスが印象深く演出されている。マルシアノ戦の前、トレーナーに「神を信じるか」と聞かれ、ハフトは「アウシュヴィッツの後からは…」と答える。兄の結婚式の後、ミリアムが忘れ物をしたとシナゴーグに同行したが、礼拝室には入とうそしなかったハフト。そんな彼が、マルシアノ戦の後もPTSDに苛まれるが、息子アレンに語れない心の闇と向き合うシークエンスは、光へ向かう希望を感じさせられる。【遠山清一】

監督:バリー・レビンソン 2021年/129分/カナダ=ハンガリー=アメリカ/英語・ドイツ語・イディッシュ語/カラー&モノクロ/映倫:G/原題:THE SURVIVOR 配給:キノフィルムズ 2023年8月11日[金]より新宿武蔵野館ほか公開。
公式サイト https://sv-movie.jp

*AWARD*
2021年:第46回トロント国際映画祭正式出品。第2回ハリウッド批評家協会賞TV部門作品賞受賞。