写真撮影=酒井羊一

 

画家の井上直(なお)さんは、絵を描く目的は伝道と言い切る5代目クリスチャンだ。息をするように自然にキリスト教の中で育ち「祈りや信仰の証しを、文字ではなく絵画で表現するのが、自分の表現方法」だと、絵筆を握る。2009年に初の個展を開いて以来、ほぼ一貫して聖書を題材に描いてきた。十字架のキリスト、祈る人の姿、どれも見る人と響き合うような作品群だ。描き続けたいテーマはキリストの受難。その先にある救いと希望を伝えたい。【藤原とみこ】

 

劇的なシーン、柔らかな色彩、
静かな場面…表現豊かに

 

《戴冠》という作品がある。十字架につけられる前のキリストを描いたものだ。総督の兵士たちがキリストの頭にいばらの冠を載せようとしている場面。黒を基調に描かれた兵士たちの衣装に血のような赤が施されている。キリストはただ黙って座っている。聖書を知らなくても、見る人の魂に響く作品だ。

 

《戴冠》

井上さんは高校の美術科の卒業制作で《受胎告知》を描いて以来、テーマの決まった注文制作以外、ほとんど聖書を題材に描いてきた。「描きたい題材は、分厚い聖書からいくらでも出てくる」が、特に描き続けたいのは「受難」。「十字架につけろ」と叫ぶ群衆の中に自らを投影する。「私は知らない」と、キリストを否認するペテロの姿は、絵を見ているあなた自身の姿ではないかと迫ってくる。

そんな聖書の劇的なシーンもあれば、柔らかな色彩で信仰の喜びや希望を描いた作品もある。ひたすら静かに祈る人の姿。愛らしい教会堂。光が貫く聖誕。様々なタッチで描かれた作品群の中で、深い黒と、引き込まれるような赤と、静謐(ひつ)な青が印象に残る。一貫しているのは深い精神性だ。6月に東大阪市の日本基督教団・枚岡教会で開いた井上さんの聖書絵画展は、そんな作品群が感動を呼び、多くの来場者があった。

 

《日用の糧》

《贖いによってたつ》

 

《馬小屋2019》

 

「教会で個展をすることに大きな意味があります。聖書が描く罪にまみれた人間の姿と、十字架の贖いの尊さ。それを教会の中で視覚的に味わってもらいたいと願ってやってきました」

 

信仰は「頭で理解するのではなく、肌で感じる」

 

26歳で初めて自身の通う京都市の日本基督教団・洛北教会で個展を開いてから、ほぼ毎年各地の教会を会場にしてきた。昨年の7月には東京・銀座の教文館でも開催、好評を博した。

5代目クリスチャンの井上さんにとって信仰は「頭で理解するのではなく、肌で感じる」ほどに自然に伝えられたものだ。曽祖父は明治時代、同志社神学校(現同志社大学神学部)に学んだ、聖公会の元城佐吉郎伝道師だ。井上さんの両親は子どもに教会通いを無理強いするようなことはなかったが、生活の土台にキリスト教が根付いていた。
「主なる神は絶対におられる。両親の背中を見て育つ中で確信が与えられました、、、、、、

2023年08月06日号08面掲載記事)