16世紀、日本人としていち早く西洋音楽に出会った「天正遣欧少年使節団」。日本音楽史における彼らの存在意義を、信仰を土台に探究する、個性的なコンサートが開催された。

三人のクリスチャン音楽家による古楽演奏団体「Trio Aido(トリオ・アイドー)」が、8月4日から13日にかけて、日本ツアーを行った。ツアータイトルは「トークコンサートシリーズ『いのちに輝いた歌たち』」。

そのうち、大阪(日本基督教団島之内教会)、奈良(大和文華館)、名古屋(スタジオフィオリーレ音楽ホール)、東京(台東区・旧東京音楽学校奏楽堂)の公演では、「プログラムWest:伊藤マンショたちが見た世界」の副題が、横浜(鶴見区民文化センターサルビアホール音楽ホール)、東京(新宿区・日本ホーリネス教団東京中央教会)の公演では、「プログラムEast:西洋から日本へ、日本から世界へ」の副題が付けられた。

メンバーは3人とも、スイスにあるバーゼル・スコラ・カントルム音楽院の修士課程に在籍中。それぞれが既に、国際的な舞台で演奏活動を重ねてきた。

あるクリスチャン学生の集いで歌歩さんは、日本で生まれ育ったタリーサ久実さんと、妻が日本人のシモンさんに、それぞれ出会う。クリスチャンであることや演奏理念など共通点は多く、クリスチャン音楽家トリオの結成に至った。以来2年間、活動を続けてきたが、願ってきた日本凱旋(がいせん)公演が今回かなった。

 


井ノ上歌歩さん Kaho Inoue
ソプラノ

 


Talitha-Cumi Witmer タリーサ久実・ウィットマーさん
ビウエラ、バロックギター、テオルボ

 


Simon Vander Plaetse シモン・ファンデル=プラッツェさん
リュート、バロックギター、テオルボ

 

天正遣欧少年使節団が遺したもの、失われたもの

 

天正遣欧少年使節団は、音楽やキリスト教など西洋文化を日本にもたらした。彼らは長い旅の間に、欧州の言語、文化、そして音楽を学び、親しんだ。演奏を聴き、彼らも演奏した。その詳細な記録が欧州各地に残る。反して、日本に残る記録は少ない。禁教令によりキリスト教もろとも抹消されたのだ。彼らが持ち帰った楽器も破棄され、彼ら自身も、追放や殉教などの運命をたどることになる。西洋音楽が再び日本に入り根付くのは、明治まで待つことになる。

クラシック音楽のコンサートは、特定の作曲家、地域、時代に焦点を絞ったプログラムが多い。だがこのツアーでは、遣欧少年使節団を軸に、西洋から日本という空間、天正から現代という時間をたどり、それをトークによって導いた。使節団が実際に見聞きし演奏した楽曲と同じ作曲家の作品を選曲。しかし同時に、それがキリストの死を哀悼する内容であるなど、使節の歩んだ波乱に満ちた人生への、示唆に富む。

―日本ではクラシック音楽に難しい印象を持たれがちで、プログラムノートに書かれる作品解説も実際難しい。そこで、カジュアルなトークで作品や歌詞の内容を紹介し、演者と聴衆とが交流する仕掛けを設けることで、気軽に楽しんでもらいたい―。「トークコンサート」のコンセプトには、そんな狙いがある。

宗教改革の時代の音楽など、多様な背景を持つ作品を扱うが、「聖書や教理について、個人が自由に学ぶことができるこの時代は幸せ」とタリーサ久実さんは感じている。マリア信仰などカトリックの内容について、「マリアを讃えるということは、マリアを創られ用いた神を讃えることでもある」と歌歩さんは考え歌う。

「今と違う文化を持つ当時の作品を見るのは、レンズの曇った眼鏡をかけて見るようなもの。そんな中でも、音楽で表現された感情や信仰はクリアに見える。同じ人間として、通じ共感するところは多くある」とシモンさんは語る。

3人はツアーについて、「宣教目的ではないのに、多くのクリスチャンの方に支えていただいた」「私たちはコンサートの前に祈るようにしている。クリスチャンだからできる特別なこと」「信仰的に成長するツアーになった」と証しした。

Trio Aidoは今後の演奏活動について、日本史の中の知られざる古楽や信仰者を取り上げるプログラムを構想。多くのキリシタンが生きた地、長崎でのコンサートも実現させたいと願っている。【間島献一】


8月11日の横浜公演で。シモンさんが弾くのはテオルボ、タリーサ久実さんが弾くのはビウエラ。この会場は、音量の小さい古楽器や小規模アンサンブルにふさわしい音響特性を持ち、舞台と客席の距離も近く、ツアーのコンセプトに合致。100席が完売した。

2023年09月10日号 05面掲載記事)