【書評】唯物的なレトリックの矛盾を暴く 『脳が私のすべてなのか?』評・今中和人
世の中、うまいことを言う人がいて、今やSFのFは作り話・フィクションのFではなく、真実・ファクトのFだそうだ。確かに飲食店で接客するロボットや、「本当に機械?」と感じる生成AIの応答は、まさに1980年頃のSF映画。
だが人工知能との対話や交流が実現し、人間との境界が不鮮明化したように思えても、彼らの「お役に立ててうれしいです」とか「また御一緒するのが楽しみです」という発信を額面通りに受け取る人はまずいまい。理由は簡単、「相手は人間じゃないから」。つまり私たちは、感情や思考は人間固有のもので、単なる脳内の物理的現象ではないと本能的に知っているのだ。
だが、何故そうわかるのかを問われると、論理立てて言葉で説明するのは意外に難しい。世の聡明なお馬鹿さんから、魂なんて時代遅れの幻想だ、人間の意識は神経の電気的活動と連携の結果に過ぎない(還元的物理主義)などと言われると、議論に長(た)けた彼らに言いくるめられてしまう。では本当に私たちの感情や思考は神経の活動に過ぎないのか、あるいは私たちの意識が神経の活動を起こしているのか? そもそも私たちの意識はどこにあるのか?
「考えることができるのはなぜ?」、「私は生きているとわかるのはなぜ?」といった哲学的疑問を少女時代から思い巡らせていたという本書の著者ディリックス氏は、脳の活動をMRI(核磁気共鳴装置)で可視化する研究をしていた脳科学者で、古代ギリシアの哲学者に始まる多くの思想家たちの見解から、外傷性脳損傷や認知症の患者の研究、臨死体験、脳の側頭葉を刺激する実験まで、広範囲で圧倒的な知識と証拠に基づいて唯物的なレトリックの矛盾を暴いてゆく。
もとは不可知論者だった著者は人間の魂の存在を論理的に検討しながら、聖書の御言葉も多数引用して神が人に魂を与えて下さったことを弁証し、読者に神を信じて生きるよう勧めている。このテーマを体系的に学びたい方、理論派の論客に絶好の一冊である。
(評・今中和人=医療法人朗源会 おおくま病院副院長)
『脳が私のすべてなのか?』シャロン・ディリックス著、森島泰則訳、
いのちのことば社 1,870円税込、四六判
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