息子のセアンと駅のホームに来た八子鼓舞大学長は、協定にの2倍のドイツ難民が到着したことに驚愕する。 (C)2023 NORDISK FILM PRODUCTION A/S

1945年春、ナチス・ドイツ軍の占領下にあったデンマークの中央に位置するフュン島リースリングの町。デンマークがドイツに占領されていた5年間の苦渋から解放が来るとき、町に大挙して避難してきたドイツ難民への対応の実話をもとに、敵国人への嫌悪感とヒューマニズムとの葛藤を描いた戦争秘話。

ドイツ人を助けることは
敵国ドイツを支援すること

物語の舞台は、ソ連軍がベルリンまで100Km圏内に迫った終戦数カ月前のフュン島リースリング。まだ占領統治下にあるドイツ軍司令官が、市民大学のハンズン理事長(ウルリク・トムセン)とヤコブ大学長(ピルー・アスベック)に200名のドイツ難民を受け入れるよう保護協定を申し入れる。たんに収容施設を提供するだけでよいというが、占領下を楯に否応なしに承諾させる。

翌日、列車に乗って到着したのは高齢者、女性、子どもたちを中心とした500名を超える難民たち。ヤコブ学長はやむを得ず、大学の体育館を収容施設として提供し、学生たちの教育施設は守った。だが、500余名を体育館に押し込めると難民を保護するはずのドイツ軍兵士は立ち去り、難民に必要な食料などの物資を提供する協定内容も反故にされる。

ソ連軍が東欧州のドイツ占領地域を伸展している噂はリースリングの住民も知っている。デンマーク政府は戦禍にあるドイツ占領地の収容所に収容されているデンマーク人の解放を求めたが拒否されている。さまざまな対抗運動の中でデンマーク医師会は、ドイツ人の診療を拒否する声明を発している。またドイツ軍に対するレジスタンス活動も活発になり、国民もドイツ人を支援することは敵国ドイツ軍を支援することと同じという気運が高まっていく。一方のドイツ軍やドイツ人自警団は、レジスタンス寄りと疑わしい市民を無差別的に処刑する見せしめ行為をとり市民の悪感情を買っている。ヤコブの12歳の長男セアン(ラッセ・ピーター・ラーセン)兄のように慕う市民大学の音楽教師ビルク(モルテン・ヒー・アンデルセン)の父親は、町の開業医師だったが診療中にドイツ人の集団に突然銃殺された。ビルクはレジスタンスの一員として活動していた。

狭い体育館で食糧不足の劣悪な環境にに押し込められたドイツ難民のなかから老人や乳児など日ごとに死者が増えてきた。難民の医師ハインリッヒ(ペーター・クルト)はジフテリアが蔓延し始めていることを告げヤコブに薬の提供を求める。だがデンマーク人医師はドイツ人を診ない。仕方なくヤコブは町へ行き殺害されたベルクの父の医院から薬を持ち出してハインリッヒに手渡す。ヤコブの妻リス(カトリーヌ・グライス=ローゼンタール)も、乳児持つ母親たちの助けになればと搾った牛乳の缶を体育館に運び入れたり、難民孤児の少女ギセラ(リヴ・ヴィルド・クリステンセン)の姉妹たちを自宅に招き入れ食事を与えたりしていた。だが、そうした支援行為はベルクから理事長らに密告されていてヤコブの立場を危うくする。ドイツとドイツ人を“敵”と信じて疑わないセアンもドイツ難民を支援している大学長夫妻の息子として学校のクラスメイトたちからひどいいじめにあっていた。それでも、両親の行為に納得していないセアンは、ドイツ軍兵に検問されない年齢のセアンは、町のレジスタンスに銃器を密に手渡す手伝いを買って出てビルクに協力していた。

困窮するドイツ難民に支援すると失職をつけがられているヤコブは、難民にミルク缶を手渡そうとする妻リスを心ならずもたしなめるが…(C)2023 NORDISK FILM PRODUCTION A/S

ドイツ軍がデンマークから撤退すると、体育館の周囲には鉄条網が張られ隔離した難民収容所と化す。その中に、同級生たちのいじめで大木に縛りつけられていたのと助けてくれた難民孤児の少女ギセラが伝染病に感染して倒れたことを知ったセアン。なんとかしてギセラを助けなければ、とセアンの心が動く…。

責められるところの
ない良心を保つため

戦争・内戦に遭った国、地域にも良心の呻きを引き起こすような非人道的な裏面史が潜んでいる。本作の脚本も書いたアンダース・ウォルター監督は「この映画では、ひとつの問題を多面的に描き、明確な答えや責任の所在を示すのではなく、ニュアンスを提供しようと努めています。デンマークとヨーロッパの他の国々において、今日私たちが直面している現実を考察しながら、私たちの人間性における認識を語っています。本作は、勇気、誠実さ、思いやりの物語です。人の心を捉え、示唆に富み、会話のきっかけとなる映画です」と語っている。重いテーマだが監督の真摯な製作意図が通じてか、デンマークで公開後、3週連続で興行成績第1位を得ている。

ヤコブ一家が人道的な言動をとることが困難な葛藤のなか、それでも何かに突き動かされていく姿をみて、パウロがエルサレムの大祭司たちに訴えられたときに弁明した「私はいつも、神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、最善を尽くしています」(使徒の働き24章16節)と語ったことばが想い起こされた。【遠山清一】

監督・脚本:アンダース・ウォルター 2023年/101分/デンマーク/デンマーク語・ドイツ語/原題:NAR BEFRIELSEN KOMMER、英題:Before It Ends/ 配給:スターキャット 2024年8月16日[金]よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。
公式サイト https://cinema.starcat.co.jp/bokuno/
X/twitter https://twitter.com/GOGOCINEMA758

*AWARD*
2024年:SKIPシティ国際Dシネマ映画祭国際コンペティション出品。 2023年:ロバート賞(デンマーク・アカデミー賞)5部門[観客賞・プロダクションデザイン賞・衣装デザイン賞・メイクアップ賞・視覚効果賞]ノミネート作品。