映画「港に灯がともる」――自分の“生きやすさ”を見つける心の旅
1995年1月17日早朝に発生した阪神・淡路大震災から30年が経つ。神戸の町も空襲を受けたかのようにビルは倒壊、商店街も家々も焼失し、多くの人が共に暮らし育んできた大切なものを失った。いま、町は復興し、活気もよみがえってきているが心に深く傷ついた悲しみや長く背負い続けている重荷に苦しんでいる人もいる。主人公の金子 灯(あかり:富田望生)は、大震災の翌月に神戸市長田で生まれた在日コリアン三世の女性。激しく揺れた震災は経験していない。祖父母、両親が苦労してきたという在日の自覚も薄い。それでもいろいろなものを背負わされている重苦しさから、どう自分の“生きやすさ”を見つけるか、ほぼ10年間の灯の心の旅が描かれていく。
阪神・淡路大震災から30年
長く重い心の葛藤との対峙
物語は、高校を卒業した灯が造船工場に就職し、社員寮で一人暮らしを始める日からはじまる。早生まれの灯は、親友の綾部寿美花(山之内すず)と成人式に臨み、帰路には母・栄美子(麻生祐未)と待ち合わせて家族と祝うショートケーキを自腹で買うほどご機嫌だった。だが、帰宅すると雰囲気は一変。姉の美悠(伊藤万理華)は、日本人の恋人との結婚を機に帰化したいと父・一雄(甲本雅裕)に相談するが、納得されず話がこじれている。しかも母は、昔のことにこだわり続ける頑固な父と別居して、子どもたちと暮らす準備を進めていた。家族が一緒に帰化すれば同時に手続きを進めることができて効率がいいと、美悠は灯にも帰化することを勧めてくる。どれもこれも灯には初耳のことばかりで戸惑う。
ほどなく祖母が亡くなった。葬式後の会食、父・一雄の在日として受けてきた苦労話と憤りが、また始まる。さらには町工場を建ててこれからという時に大震災ですべてを失った。一雄の「お前らのために苦労してきたのに…」と恩着せがましく責め立てられるような言い方に、灯は激しく抗論しメンタルが壊れた。双極性障害の診断を受けて会社を退職し、母と姉弟たちの所に引き取られた。親友の寿美花が教えてくれた診療所でカウンセリング治療を受けながら心の回復を探る灯。会うといがみ合いになる父・一雄のことを気に掛けながら、自分の心の葛藤と対持する…。
震災直後は人種も出自も超えて
助け合い触れ合っていたのに…
被災した苦しみ、被災後世代に負わされる重荷と苛立ち、在日外国人の生きずらさなどが、灯という女性をとおして描かれる。灯が“生きやすさ”を見つけようとする心の旅は、時間軸よりも節目の出来事などで灯の歩みを知る。
心理療法が功を奏して安定しても、なかなか再就職できない灯を受け入れたのは、小さな設計会社で心身に障害をもつ二人の先輩たち。久しぶりにやりがいのある長田の商店街改築の仕事を進めていたがコロナ禍の厳しい情況に取りやめになる。周囲の皆が苦しいとき、商店街で焼きそば屋を営む女店主は「震災時には人種も出自もこだわらずに助け合っていた触れ合いが、復興が進むにつれ薄らいでいくのが恐い」と語る。
灯として生まれ、いま生かされている自分を見つめようと思いはじめた灯。5分近く流れるエンドロールに一人映る灯の姿と表情は、震災に限らず自分の“生きやすさ”を探そうよ、と夜の帳(とばり)が下りる港に灯がともるような温もりが感じられる。【遠山清一】
監督・脚本:安達もじり 2025年/119分/日本/英題:The Harbor Lights 配給:太秦 2025年1月17日[金]より全国順次公開。
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*AWARD*
2024年:第37回東京国際映画祭Cinema Now部門正式出品作。