第172回芥川賞を『ゲーテはすべてを言った』(朝日新聞出版)で受賞した、鈴木結生さんは、福島県郡山市出身で、牧師の息子であり、福岡県の西南学院大学大学院に在学中だと各報道で伝えられている。この受賞作もまた、ゲーテのみならず、聖書の引用に満ちている。取り急ぎ、同作品の魅力をお伝えしたい。

作者の経歴を知り、キリスト者が関心を持つのは、作品のキリスト教的内容だが、それは十分にある。主人公というべきゲーテ研究者・統一の家族、身辺にキリスト者が多く、教会の場面もごく自然に登場する。そして「愛」にかかわるゲーテの引用をめぐり、聖書やキリスト教の主題も考察される。

作品では、ゲーテ研究者が、自分のみならず、他の研究者も知らないゲーテの引用とされる言葉に出会い、その出典や意味を探究する中で物語が進行していく。「引用」あるいは「名言」という事柄そのものが問われ、「言葉」「真実」「信仰」「表現」の問題にもかかわってくる。キリスト者は日常生活として聖書を引用する。その引用ははたして「正しい」のか。また聖書のテーマを傍証するため、著名人(マザー・テレサ、ラインホルト・ニーバー、アッシジのフランチェスコ…)の言葉を引用するが、それらも信ぴょう性があるのか。次々と引用への問題が噴出していく。さらにリアリティがあるのは、数年前に、日本のキリスト教、人文学界隈を騒然とさせた実際の「引用捏造事件」も下敷きにされている点だ。

ゲーテや多数の思想家、文学者の引用に満ちている。主人公「統一」という名に象徴される、諸国の共同体、多様性の問題にも気づかされるだろう。主人公の内面の葛藤のみならず、友人、教師と生徒、同僚、家族間の様々なドラマも満ちている。読者は本書の結末で終わらず、様々な引用と会話を通して、聖書の言葉と世界についての思索を深めることができるだろう。

最後に本書から一つだけ引用したい。

「…自分こそは完全な色を作ることができる、とそう思うかもしれない。一つの言から成った世界を一つの書物に帰そうとする詩人のように。しかし、そのためにはまず、色が取り分けられていなければ。そして、混沌から単色を取り出す『バーラー』の御業はただ神だけに許されている…」

この引用が、本書のどのような位置にあり、どのような文脈の中で、語られているかについては、本書に実際に当たって確かめてほしい。

 

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