「白鳥の湖」の一場面 (C)2015 RED VELVET FILMS LTD. ALL RIGHTS RESERVED
「白鳥の湖」の一場面 (C)2015 RED VELVET FILMS LTD. ALL RIGHTS RESERVED

2013年1月、ボリショイ・バレエ劇団の芸術監督セルゲイ・フィーリンが、何者かに硫酸を浴びせられた。世界を震撼させた事件の顛末を追い、バレエ劇団の栄光と信頼への新たな出発への軌跡にスポットをあてるドキュメンタリー。内側に蠢くものがなんであれ、旧帝国時代から培われてきた伝統を継承し改革していくプライドと芸術への愛情を語るバレエダンサーたち。その表情は希望にあふれていて美しい。

かつてプリンシバルであったときのセルゲイ・フィーリンは、「衣装に針を仕込まれるような嫌がらせなどされたこともなく」団員たちの信頼を得て踊り、称賛されていた。だが、ボリショイ劇団に芸術監督として帰り、若手ダンサーを多く登用する方針を打ち出すと、劇団内は「分裂した」とプリンバルは証言する。

評議会は、劇場総裁にウラジーミル・ウーリンを招へいした。急激な劇団改革、キャスティング問題などが事件の一要因とも考えられるが、左目の視力を失ったセルゲイ・フィーリンも芸術監督も職務に復帰した。だが、ウーリンとフィーリンは、元同僚だったがフィーリンがボリショイ劇団移籍に際して互いの関係の対立が生じていた。

何がきっかけで一発触発を引き起こすかしれないウーリン劇場総裁と芸術監督との関係だが、劇団員たちはダンサーや団員たちの声を広く聞く機会を設けるウーリンの運営方針を受け入れている。フィーリンの改革で干されていたプリンシバルやファースト・ソリストたちの向上心を意欲も衰えていない。波乱を含みながらもボリショイ劇団にふさわしいステージめざして劇団員たちは「新しい出発」に、芸術活動の絆を結び合わせていく。

舞台の袖で出番を待つプリンシバルのマリーヤ・アレクサンドロワ (C)2015 RED VELVET FILMS LTD. ALL RIGHTS RESERVED
舞台の袖で出番を待つプリンシバルのマリーヤ・アレクサンドロワ (C)2015 RED VELVET FILMS LTD. ALL RIGHTS RESERVED

タイトルの「ボリショイ・バビロン」には、ボリショイ劇団を古代バビロニア帝国の都“バビロン”になぞらえていることが見て取れる。新約聖書の黙示録17章5節では「すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン」と退廃の象徴として表現されている。まだ記憶に新しい大事件だが、その真偽を追うことよりも、240年余の歴史を積み重ねながらバレエ芸術を高めてきたダンサーや劇団員たちの切磋琢磨と芸術への信仰ともいえる心情と絆に迫っていく。

本作冒頭に登場する「ラ・バヤデール」第3幕“影の王国”での幻想的なシーンや「白鳥の湖」でアナスタシア・メーシコワが踊る第2幕第1場の「スペインの踊り」など、大きなゴシップの渦に負けず、至高の域をめざして演じられる舞台の数々がバレエの素晴らしさをみごとに伝えていて、エンターテイメントなドキュメンタリーとしても妥協のない秀逸な作品だ。

監督:ニック・リード 2015年/イギリス/ロシア語、英語/87分/映倫:G/原題:Bolshoi Babylon 配給:東北新社 2015年9月19日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開。
公式サイト http://www.bolshoi-babylon.jp
Facebook https://www.facebook.com/bolshoibabylon