映画「ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る」--演奏は人生との重なり合うとき音楽になる
ウィーン・フィル、ベルリン・フィルとともに世界三大オーケストラと称されるオランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(RCO:創立1888年)。2013年には、創立125周年を記念して50公演に及ぶワールドツアーを敢行した。本作は、そのワールドツアーの焦点を当てた初のRCO公認ドキュメンタリー。
英国グラモフォン誌が選ぶ2014年世界のオーケストラ第1位を受賞するなど、その実力は折り紙付き。だが、100周年にあたる1988年に正式に授与された“ロイヤル”の冠が、日本では少し距離感を感じさせておるのだろうか。そのような裃(かみしも)イメージをエディ・ホニグマン監督は一掃してくれる。名誉指揮者マリス・ヤンソンと楽団の練習風景など公演に向けてのRCOの活動はもちろん記録されていく。だが、ホニグマン監督の視線は、演奏する音楽家たち一人ひとりの内面と好きな音楽への愛情。そして、RCOからの音楽の贈りものを受け取る聴衆が、日々の暮らしの中でどれほど音楽に力づけられの音楽の存在を喜んでいるをより深く見つめている。音楽のエネルギーは、演奏者の情熱を受け取った聴衆一人ひとりの感動によって人生、社会環境、政治をも揺り動かすことを教えてくれるドキュメンタリーだ。
【ストーリー】
アムステルダムのコンセルトヘボウ。打楽器奏者のヘルマン・リーケンは、およそ1時間強の演奏時間を要するブルックナーの「交響曲第7番」第4楽章でたった1回しかシンバルを叩かない。その“時”までの思いを「打楽器奏者は、待つことが大事」と語る。そしてワールドツアーの旅立ち。ブエノスアイレスでは、タクシーの運転手をカメラが見つめる。孤独な仕事の運転手にとってクラシック音楽は、さまざまな対話の“時”と“存在”していることの意味を創り出している。
ブエノスアイレスの居酒屋で夕食を摂る首席ファゴット奏者グスターボ・ヌニュスと首席フルート奏者のケルステン・マッコール。会話の話題は民族音楽の魅力やそれを取り入れた作曲家たちの作品の話しに。この後、マッコールは「バッハは、ほんとうに素晴らしいが、歌謡曲だろうが何だろうがジャンルに関係なくいいものはいい」とインタビューに答えていることに、なぜか親しみを覚える。
RCO初の南アフリカ公演。少年少女たちがスチーム・ダラム・バンドの演奏でRCOを出迎える。その抜群のリズム演奏にはRCOの音楽家たちも相好を崩して愉しむ。ソウェトは、いまも人種問題がくすぶっていて治安も悪い。そうした社会環境でも、アパルトヘイト時代に黒人によるオーケストラを結成したミシェル・マソテは、いまも少年少女たちにヴァイオリンを教えている。音楽は愉しむものだけではなく、生きる糧、希望となっている少年少女たち。RCOも彼らをコンサートホールに招き、プロコフィエフ作曲「ピーターと狼」での教育プログラムを実演する。
南米(アルゼンチン、ブラジル)、南アフリカ、日本そして39年ぶりのロシアへと、RCOの奏でる音が、人々の心の届きそれぞれ音楽が生み出される旅は続く。
【見どころ】
各地のコンサートホールでの練習も含めた演奏シーンは、やはり見どころ。また、コンサートには来られなかったが親しくなったケーキ店の女主人のためにヴァイオリン演奏を聞かせて次の公演地へ向かうリヴィウ・プルナールとヴァレンティナ・スビャトロスカヤ。地元での「アムステルダムの運河に捧ぐ」野外コンサート街路灯によじ登って聞き入る女性や市民たちの表情など、“オーストラがやって来る”の邦題が生き生き伝わって来るエピソードの宝庫。
なかでも、1978年にソ連を亡命したキリコ・コンドラシンを常任客演指揮者として受け入れたこともあって、冷戦後もなかなかRCOの公演は行われなかったが39年に実現したロシア公演。サンクトペテルブルクではマーラの「復活」が演奏されるが、その曲を心待ちにしていた一人の老人セルゲイ・ボグダーノは冷戦時代に厳しい強制収容所暮らしを経験している。マーラの「復活」と祖母の思いで、大粛清時代に父を失い、自らも強制収容所で経験した恐怖の日々の回顧談は、音楽と人生の重なり合う重みと普段の力強さを物語るシークエンスとして心に響く。 【遠山清一】
監督:エディ・ホニグマン 2014年/オランダ/98分/映倫:G/DCP/原題:Om de wereld in 50 concerten、英題:Around tha world in 50 Concerts 配給:S・D・P 2016年1月30日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開。
公式サイト http://rco-movie.com
Facebook https://www.facebook.com/rcomovie
*AWARD*
2014年:アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭オープニング作品。2015年:ニューヨーク近代美術館ドキュメンタリー週間、第16回テッサロニキドキュメンタリー映画祭ほか多数出品作品。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団初の公式記録映画