ハロルド(左)は、誘拐したカンプラード(右)に安物の家具を売った謝罪声明を読ませ、エバにYouTubeへUPさせようとするが… (C)2014 MER FILM AS ALL rights reserved
ハロルド(左)は、誘拐したカンプラード(右)に安物の家具を売った謝罪声明を読ませ、エバにYouTubeへUPさせようとするが… (C)2014 MER FILM AS ALL rights reserved

大型家具チェーン店の進出で立ちいかなくなった手作り高級家具店の主人。日本でも町の商店街がシャッターストリートに変じていく様を見ているだけに身につまされる。その主人は、なんとグローバル産業化した大型家具チェーン店の創業者を誘拐して復讐を果たそうと思い立つ。そして思わぬきっかけで創業者誘拐に成功した。だが、同世代の二人は、戦争を経験し、懸命に働いてきた価値観では共感できるものがある。ビジネスでは成功者と敗者という対照的な状況だが、人生を前に一歩進めるエネルギーの源泉に立ち返る出会いでもあった。実在の名前と生い立ちを織り込んだ良質な人生コメディに敬服する。

【あらすじ】
2011年春。ノルウェーで40年以上も手作り高級家具店を営んできたハロルドの店の隣りに、スウェーデンに本拠を置く世界的な大型チェーン「IKEA」(イケア)の家具ショップ店がオープンした。木製椅子に4度もニスを重ね塗りし、イタリア製革布を張るような伝統製法で家具を作ってきたハロルド(ビョルン・スンクェスト)には、プラスチックを多用し、自宅で組み立てる安価な家具は「クズだ」とけなす。だが半年後、ハロルドの家具店は廃業へと追い込まれる。そのショックもあって、妻マルニィの認知症は重くなり、そして急死。店を失い、妻を亡くし、400年の伝統技術を持つ町の名士だったハロルドは、すべてを失った腹いせに自宅を放火し、疎遠だった息子ヤンが暮らすオスロへ車で向かう。

妻と二人の子どもたちと暮らすヤン。だが、ヤンはタブロイド紙記者をクビになり無職状態。ヤンに嫌気がさしていた妻は、「お義父さんといっしょに出ていって」と父子を追い出す。ハロルドは、ヤンにマルニィは亡くなり家が焼失したことを告げて、IKEAの創業者イングヴァル・カンプラード(ビヨルン・グラナート)を誘拐するためスウェーデンへ向かう。

スウェーデンのエルムフルトの路上、車の中で寝ていたハロルドは、死んでいるのかと勘違い16歳の娘エバに起こされる。少し自暴自棄になっているハロルドは、エバにイングヴァル・カンプラードをこれから誘拐しにいくことを話すと、「カッコいい」というエバ。カンプラードの家を教えると言って案内したあと、エバの家で別れた。さっそく留守宅に忍び込んだハロルドだったが、家人が帰宅すると別人の家だと分かった。エバの家に行くと、「本気にするとは思わなかった」と臆することもなくいう。呑んだくれの母親と暮らしているエバだが、少し虚言を語るのも彼女の境遇を聞いて察するハロルド。

 (C)2014 MER FILM AS ALL rights reserved
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エバの家からホテルへ帰る途中、故障車の傍で助けを求める男と出会った。なんとイングヴァル・カンプラードだった。ピストルを突き付けてホテルの部屋に監禁したハロルド。だが、誘拐に成功したものの金を要求するつもりはない。カンプラードも騒ぎ立てるでもなく、「何が目的だ?」と冷静そのもの。すぐ危害を与える様子のないハロルドを見て、誘拐されていることを楽しんでるかのようだ。翌朝、エバが訪ねてきた。ほんとうにカンプラードを誘拐したことに驚くものの、なりゆきでアパートからトレーラーへ移動するなどハロルドに協力していく…。

【みどころ・エピソード】
なんといっても現在も世界の長者番付10位辺りに名前が挙がるIKEA創業者イングヴァル・カンプラードが、本作のストーリーに実名で出てくる面白さは絶妙。1926年生まれのカンプラードは、7歳から商売を始め17歳で起業し大学教育は受けていないもののIKEAをグローバル企業へと導き、いまもリーダーシップを発揮している。彼の経営哲学は、ハロルドの職人気質とは真っ向から対立するものだが、本作でも主張を曲げることなく語られる。また、ドイツ系移民の出自から一時ナチスに協力的だったことも有名で、本作のストリーでも重要な意味を持っている。ご本人は、庶民的実業家としてマスコミ戦略にも長けていると評価されているが、自伝でもない創作映画で廃業せざるを得ない張本人として描かれることを許容する懐の深さには驚かされる。

カンプラードとハロルドは、趣味も持たず仕事一筋だった人生観や、ビジネスマンそして伝統家具職人としてのプライドなどを次第に共感いていく。そして家族のことをよく話題にしている。エバは、ハロルドが妻マルニィと40年連れ添ったと聞いて驚くシーンがあるが、世界でも離婚率が高いことで知られるスウェーデン人には驚異なことなのだろう。だが、息子ヤンとは長く疎遠な関係で、ヤンも妻との関係はうまくはいっていない。カンプラードとハロルドは、“自分の世界”を大事にする北欧人の気質の二人。だが、その心を潤し励ます存在を家族に求めているようでもある。人は誰かをしっかり愛し、誰かに愛されていなければ、次へと進む力を得ることができない存在なのだろう。 【遠山清一】

監督:グンナル・ビケネ 2014年/ノルウェー/ノルウェー語、スウェーデン語/88分/映倫:G/サイズ:シネスコ/原題:Her er Harold 配給:ミッドシップ 2016年4月16日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。
公式サイト http://harold.jp
Facebook https://www.facebook.com/haroldeiga/

*Award*
2014年:ノルウェー国際映画祭アマンダ賞最優秀主演男優賞(ビョルン・スンクェスト)・最優秀撮影賞受賞作品。