日本同盟基督教団社会局(山口陽一局長、柴田智悦「教会と国家」委員会委員長)は6月12日、 「組織犯罪処罰法改正案の衆議院本会議における採決に抗議し、廃案を求める声明」を発表。安倍晋三内閣総理大臣、金田勝年法務大臣、大島理森衆議院議長、伊達忠一参議院議長宛てに送付した。声明の内容は以下の通り。

 組織犯罪処罰法改正案の衆議院本会議における採決に抗議し、廃案を求める声明

 私ども、日本同盟基督教団社会局「教会と国家」委員会は、2017年4月3日付けで、安倍内閣が「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案」(以下「本法案」)を閣議決定し国会に提出したことに抗議しましたが、5月19日の衆議院法務委員会において怒号の飛び交う中、本法案は強行採決され、5月23日の衆議院本会議においても採決され、現在、参議院法務委員会において採決を急ぎ審議されている
ことに対して強く抗議し、本法案の廃案を強く求めます。

1.議会制民主主義に否定的な審議進行及び強行採決であったこと

 日本国憲法は、選挙で選出した国民の代表者たる国会議員で構成される国会を唯一の立法機関としています(日本国憲法41条、同43条第1項)。そして、日本国憲法前文が、国民主権とそれに基づく代表民主制の原理と、日本国憲法制定の目的が基本的人権の尊重にあることを宣言しています。さらに、立法を担う国会議員は、憲法を尊重し擁護する義務
を負っています(同99条)。以上から、国会では、提出された法案に立法の必要性が存在するのか、憲法で保障された基本的人権を侵害するものではないか等について充実した審議を行うことが求められています。このような審議を行うために、法案を提出した内閣のメンバーである国務大臣も、国会において立法について誠実に説明することが求められてい
ます。上記国会の機能は悪法による人権侵害を阻止するために不可欠なものです。しかし、本法案に関する国会における審議進行及び政府の態度・答弁は、議会制民主主義を軽視していると言わざるをえません。
(1)本法案は、多くの専門家が指摘するように長い歴史を有する刑事法の大原則を覆す程の重大法案であるにも関わらず、衆議院法務委員会での審議はわずか約30時間に止まるものでした。参議院法務委員会でも、与党は採決を急ぎ、十分な審議時間を割こうとしていません。こうした審議進行は、上述した法案の内容をよく審議するという国会の重要な役割を否定するものです。
(2)4月6日本法案が審議入りした衆議院本会議において、安倍首相は、「2020(平成32)年東京五輪・パラリンピックの開催を3年後に控え、テロ対策に万全を期すことが開催国の責務だ」と答弁しましたが、衆議院法務委員会の審議において、著作権法違反、きのこ窃盗等の森林法違反といったテロ対策と関連性が認められない犯罪類型が対象となっていることが明らかになりました。政府が説明するテロ対策という本法案の立法必要性がなく、他に政府の意図が隠れているのではないかという疑念があります。
(3)政府は、本法案についてテロ対策のための「国際組織犯罪防止条約(TOC条約)」批准のために必要であるとしています。しかし、国連が2004年に公表した『各国のための参考資料としての立法ガイド』を執筆したニコス・パッサス氏によれば、上記条約はテロ防止を目的としたものではなく組織的犯罪集団による金銭的な利益を目的とした国際犯罪が対象であり、テロは対象から除外されているということです。したがって、上記条約批准についてテロ対策と述べる政府の説明は誤りであることは明らかです。
以上のとおり、国会の審議進行及び国会審議において誤りの説明を繰り返す政府の姿勢
は、上記議会の機能を無視するものであり、民主主義及び民主主義による基本的人権の保障
の危機といえます。我々は、日本が民主主義国家としての歩みを回復させるべく、より一層
強くこの法案の採決に抗議します。
「密議をこらさなければ、計画は破れ、多くの助言者によって、成功する。」(箴言15:22)

2.プライバシー権を侵害すること
日本国憲法13条はプライバシー権を保障しており、さらには日本が1978年に批准した自由権規約(ICCPR)17条1項はプライバシーに関する権利を保障しています。5月18日、国連のプライバシーに関する権利の特別報告者ジョセフ・カナタチ氏は、安倍晋三首相に書簡を送り、法案について、広範な適用がされる可能性があることから、現状
で、また他の法律と組み合わせてプライバシーに関する権利およびその他の基本的な国民の自由の行使に影響を及ぼすという深刻な懸念があること、とりわけ何が「計画」や「準備行為」を構成するのかという点について曖昧な定義になっていること、および法案別表は明らかにテロリズムや組織犯罪とは無関係な過度に広範な犯罪を含んでいるために法が恣意
的に適用される危険を懸念することを述べ、日本政府に対して法案に関する追加情報提供を求め、国際法秩序と適合するように、日本の現在審議中の法案及びその他の既存の法律を改善するために、日本政府を支援するための専門知識と助言を提供すると書簡を出しました。以上のカナタチ氏の指摘により、法案がプライバシー権を侵害するものであるというこ
とが示されました。
 これに対し、同日日本政府は「強い抗議」をした上で、5月30日には「国連の見解ではない。誤解に基づくと考えられる点も多い」とする答弁書を閣議決定しました。カナタチ氏は、5月19日の朝、日本政府に対し、「もし日本政府が、法案の公式英語訳を提供し、当該法案のどこに、あるいは既存の他の法律又は付随する措置のどの部分に、新しい法律が、私の書簡で示唆しているものと同等のプライバシー権の保護措置と救済を含んでいるかを示すことを望むのであれば、私は、私の書簡の内容について不正確であると証明された部分について、公開の場で喜んで撤回致します。」と伝えましたが、6月8日の参議院法務委員会の時点で、日本政府は未だに法案の訳文を用意しておらず、カナタチ氏の要
請に応じていません。
 以上の日本政府の姿勢は、国連に加盟し、自由権規約を批准し、国連人権理事会の理事国を務める政府としてあるまじき態度です。国境を越えて基本的人権保障に取り組む国際社会からの信頼を失う行動です。本法案の審議を中止しカナタチ氏の要請に応ずることが基本的人権と平和を求める民主主義国家としてあるべき姿勢と考えます。
 「すべての⼈との平和を追い求め・・・なさい。」(ヘブル⼈への⼿紙12:14)

3.治安維持法の再来であること
1925年、治安維持法は、共産主義を危険思想とみなし、国体を変革し又は私有財産制度を否認する思想を取り締まる法律として成立し、一般人を対象としない法律として宣伝されました。実際は、共産主義者だけでなく、学者や教育者あるいは宗教者や平和主義者にまで対象を広げました。ホーリネス系のキリスト教会も一斉検挙されました。
 本法案についても、一般人は処罰対象とならないかの答弁を政府は繰り返しており、治安維持法の成立時の宣伝と酷似します。さらに、衆議院法務委員会において金田法務大臣は、治安維持法による拘留や拘禁が適法であった旨の答弁を行いました。かつての歴史が繰り返される危険性を感じます。私たちキリスト者の信仰生活も監視と摘発の対象となる
恐れがあります。
 「人は自分の道はみな正しいと思う。しかし主は人の心の値うちをはかられる。」(箴言 21:2)

 以上の理由によって、私ども日本同盟基督教団社会局「教会と国家」委員会は、多くの問題をはらむ本法案に対して、直ちに廃案とされることを強く求めます。