1869(明治元)年、明治新政府の手によって開市された築地居留地。イギリス、オランダ、アメリカ、スイスなど計9か国の公使・領事館が設置され、キリスト教の宣教師も次々に集まった。海外や横浜居留地からのミッション(伝道本部)は13教派に上り、教会、神学校、ミッションスクール、病院などが設立された。この場所を発祥とし、またはここに移転して花開いた学校は13校に上り、そのほとんどがキリスト教主義学校だ。現在、築地居留地跡の中心部には聖路加国際病院が建つ。かつて外国人専住の地でもあったこの一帯を歩くと、歴史を物語る様々な記念碑により居留地時代を垣間見ることができる。NPO法人築地居留地研究会理事の村上伊作さん(東京ユニオンチャーチ会員)に案内してもらった。【中田 朗】
 「立教学校校長で建築家でもあったガーディナーが描いた築地居留地鳥瞰図(ちょうかんず)を見ると、居留地の75%以上が教会、宣教師館、ミッションスクールなどで埋め尽くされており、その様相はまるで中世ヨーロッパにおける教会の街そのものでした」。村上さんは、そう語る。
 築地居留地は、1859(安政6)年に開港した横浜から10年遅れて開市。「港がない築地には、横浜の商館が進出するメリットがなく、教育、伝道、病院の事業を中心とした居留地として特色づけられていました」
 特に注目されるのが、数々のキリスト教主義学校の発祥地、開設地が築地居留地であることだ。当日は立教学院、立教女学院、明治学院、青山学院、暁星学園の記念碑を案内してもらった。その他、女子学院、雙葉(ふたば)学園、女子聖学院や関東学院発祥の地などの記念碑がある。(12月23、30日合併号で詳細)