2019年02月10日号 03面

ラスキン半身像

写真=ラスキン半身像。ラスキン文庫蔵

 美術、建築、経済学、社会運動に影響を与えた、イギリスの思想家ジョン・ラスキンが2月8日に生誕200年を迎えた。日本でも社会・芸術関係ほか、キリスト教社会運動家、賀川豊彦などにも影響を与えたが、ラスキン自身もキリスト教の背景をもっていた。昨年来世界的に様々な行事が開かれ、日本でも美術展やシンポジウムが開催される予定だ。倫理を重視しつつ多分野にわたるその思想は、諸分野の分断が進む21世紀に、改めて注目されそうだ。 【高橋良知

 20世紀文化の牽引者に影響

ラスキン胸像
写真=芸術家高村光太郎も共鳴し、G.ボーグラム原作のラスキン胸像を模刻した。ラスキン文庫蔵

ラスキンは19世紀のみならず、20世紀の文化・社会を牽引した人たちに影響を与えた。

 美術では、初期のラスキンは、当時美術界から批判されていた風景画家ターナーを擁護し、『近代画家論』を書き、美術批評の地歩を固めた。ほかにもラファエル前派を評価した。

 さらに風景論、建築、工芸、社会経済問題などへ批評は広がった。工芸はウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動に引き継がれ、日本では柳宗悦の「民芸」運動に刺激を与えた。単なる装飾としてではなく、目的を重視する機能主義的な発想は、デザイン学校バウハウスや建築家のフランク・ロイド・ライト、ル・コルビュジエなどのデザイン、芸術論は文学者のマルセル・プルーストが共鳴。風景論は環境保護、歴史遺産保存のナショナル・トラスト運動につながった。社会思想はレフ・トルストイ、マハトマ・ガンジーに影響。若き日のガンジーはラスキンの『この最後の者にも』を読み「生き方を変えた」という。

 福音主義者が共感

 厳格な福音主義の家庭に生まれたラスキンは幼少から福音説教に親しんでいた。「聴衆の耳が慣れ親しんだ福音主義の牧師の口調で芸術の必要性を説いた」「イングランド国教会内外の福音主義者たちの間で特別な共感を得た」(『ラスキン 眼差しの哲学者』ジョージ・P・ランドウ著)という。

 日本では熊本バンド出身の徳富蘇峰らが注目し、ラスキンを紹介。札幌バンド出身の志賀重昴は『日本風景論』を書き、内村鑑三は、志賀を「日本のラスキン」と評した。賀川は青年時代にラスキン、キリスト教社会運動家やトルストイの著作を読んでいたという。

 人格を重視した経済思想  

 イギリスでは産業革命後の自由経済の中で、貧困格差があらわになっていた。ラスキンは同世代のカール・マルクス(1818年生)とは違った視点で、人格、美学を重視した経済学を提唱。キリスト教社会主義者らが立てた労働者専門学校で教鞭を執った。

 『この最後の者にも』の一節に、「生以外に富は存在しない。そのなかに愛の力、歓喜の力、讃美の力すべてを包含するものである。最も富裕な国というのは最大多数の高潔にして幸福な人間を養う国」(飯塚一郎訳)とある。この言葉は、功利主義者ベンサムの「最大多数の最大幸福」を深化させて、「幸福の質」にまで迫ったものだ。

 「この最後の者」とはマタイ20章のぶどう園の労働者のたとえ。最終部では「そのときには、地上の悪人と疲れた者の相反目した群れにも、狭い家庭の和解よりも神聖な和解があるであろうし、…疲れた者はやすらぎを得るような、平穏の経済があるであろう」という終末的なビジョンも示した。

 御木本隆三のラスキン 文庫は現在に続く

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写真=ラスキン文庫にある軽井沢彫の書棚。「ラスキン全集」全39巻が収められている

 日本でのラスキン受容を進めたのは、真珠王御木本幸吉の長男の隆三だ。少年時代からラスキンに関心をもち、経済学者河上肇の勧めでラスキン研究に打ち込んだ。書籍や資料を集め翻訳や著作活動をし、1931年にラスキン協会を設立。翌年ラスキン文庫を立てた。戦時中疎開していたが、隆三死後、息子の美隆、、娘の(本間)幸子が資料を整理して84年に「財団法人ラスキン文庫」(現一般財団法人)として再興。この初代理事長が、賀川の評伝でも知られる経済学者の隅谷三喜男だ。美隆、幸子とは日本基督教団霊南坂教会の信徒仲間だった。

 同文庫は、図書館運営、文書保存、研究、講座や刊行、記念事業などを担う。これと別に東京ラスキン協会があり、ラスキン愛好家や研究者らが交流している。

 現在同文庫はミキモト銀座二丁目店(東京都中央区銀座2ノ4ノ12)地下にある。事前に予約すれば、資料を閲覧できる。同文庫職員の柴葉子さんは、「ラスキンは過去の人ではなく現在様々な分野で続いている。また、ラスキンのことを『多面体』と表現する研究者もいる。隅谷も『現代に問いかける文庫』として同文庫を紹介していた。文庫に答えがあるのではなく、答えはラスキンを読む人それぞれが持つということだと思う。ぜひ、同文庫を利用し、閲覧してみてほしい」と勧めた。

 昨年はイタリアでラスキン200年関連行事が開催された。今年2月に開かれたフランスでの記念シンポジウムには東京ラスキン協会の会員も発表した。

 日本では、京都でイベントがあるほか、ラスキン200年記念として「ラファエル前派の軌跡展」(3月14日〜6月9日)が東京・千代田区の三菱一号美術館で開催。ラスキン文庫主催シンポジウムは秋に開催する予定だTEL03・3542・7874 http://jruskin.la.coocan.jp/