「みんなで生きるために」福島へ 福島に通い続ける医師 山崎知行さん

 東日本大震災から8年。原発事故の問題はもはや終わったかのようにマスコミ報道は停滞し、人々の関心は薄れ、被災地では放射能の影響に関して口にするのもはばかられる雰囲気が支配する。和歌山県岩出市の内科医、山崎知行さんは、2012年から定期的に福島県会津若松市の「会津放射能情報センター 放射能から子どものいのちを守る会・会津」で、地域の人々の健康相談を行っている。山崎さんは、そんな環境で子どもを抱えた母親らの不安を少しでも和らげようと活動する一人だ。その原動力には「ネパールの赤ひげ」と敬愛された故岩村昇医師の弟子として受け継いだ「岩村イズム」がある。【藤原とみこ

「不安を持つ方が悪い」と言われる中、放射能の話ができる場提供

「まだそんなことを考えているのか」

 福島の多くの母親が、放射能の不安を口にすると、そう家族から非難されるという。地域でも、それはもう終わったのだからと話題にすることも拒絶される。

  「病院に子どもを連れて行った母親が、これは放射能の影響があるのでしょうかと聞いても、医師は全然関係ないと突っぱねる。けんもほろろです。国と医師ら専門家もマスコミも安全だとうたい、今や不安を持つほうが悪いかのような風潮になっています」

 山崎さんは被災地でそんな母親たちの思いに耳を傾けてきた。会津放射能情報センターでは「しゃべり場」という、心おきなく放射能関連の話ができる場を設けている。話すだけでもほっとできる場所が、被災地では必要なのだ。

 2012年から福島に足を運び、健康相談や検診を続けてきた。その年の1月〜10月に130家族(内リピーター22家族)234人(同31人)を診察したときは、鼻血69人、長期間の痰(たん)がらみのせき60人、皮膚のトラブル59人、不安・不眠31人が上位を占めた。18年奇数月に訪問した折、35家族(同31人)47人(同43人)の中で、疲れやすさを訴える人31人、うつ病のような気分障害16人、がん7人と、年月と共に変化してきた。県内の小児甲状腺がんは18年12月31日現在で209人というデータがある。

 「放射線で汚れている環境で、どう生活したらいいのかと聞かれる。一人一人違うので、その人の生活の中でできることを、共に考えることしかできません」

 解決できない、原発の問題はこのことばに尽きる。

 「解決どころか、どんどんひどくなっています」と、山崎さん。事故の収束の可能性は見えず、汚染水はたまり続けている。国の定める年間被ばく線量の1ミリシーベルトをはるかに超える20ミリシーベルトという、緊急時の線量を適用して、国は住民を帰還させてしまった。

「これは国による強制被ばくです」

 1千200万袋を超える除染土の処理については、環境省は福島の農地開発や全国の公共工事現場で使用するという暴挙に出た。日本は54基もの原発を作ってきたが、使用済み核燃料の処分も未解決のままだ。

 山崎さんは宮城県仙台市の日本キリスト教団東北教区放射能問題支援対策室「いずみ」でも、健康相談と検診に携わる。「国は放射能の問題を軍事機密として隠ぺいしてきた歴史があります。今もまったく変わっていません」。

 「私たちにできることは、事実を知り、アンテナを高く立てて発信していくこと。無関心がいちばんよくない。問題が起これば、いつもいちばん弱いところにしわ寄せが来ます。そして、イエス様は必ず一番弱いところに降りてくださる。クリスチャンはその生き方にならい、その姿勢を大切にしないといけないと思うのです」

 「私の方が被災地に行くたびに教えられます」と、山崎さんは言う。求められれば教会などで、体験を語り、核問題についても言及する。

岩村昇氏からクリスチャン医師のスピリットを植え付けられた

 母方から数えて4代目、父方から2代目のクリスチャン。岩出市で上岩出診療所を開いて35年になる。クリスチャンの医療者が途上国で献身的に働く姿に憧れて医師を目指し、入学した鳥取大学医学部で先輩にあたる岩村昇助教授から衛生学を教わった。人体解剖学の教科書ももらって、ありがたく使った。カタカナ書きの戦前の教科書だったが、解剖学だから中身は変わらない。学業と共に、岩村助教授からはクリスチャン医師のスピリットを植え付けられた。

 キリスト教海外医療協力会からネパールに派遣された岩村さんの現地でのある体験は、山崎さんにも自らの体験のように息づいている。結核の老女を遠い病院まで連れて行かなければならなくなったとき、大変な悪路をずっと背負ってくれた青年がいた。青年は何も報酬を求めず「サンガイジウネコラギ(みんなで生きるために)」と、ひとこと言って帰って行ったという。岩村さんがやがて「ネパールの赤ひげ」と呼ばれるほど、現地の人々に尽くし、愛される医師となる原体験だ。

 「みんなで生きるために、キリスト教会も関心を持って、人々のために活動している人たちのサポートの一歩を踏み出してほしいです」