第32回東京国際映画祭(2019年)で公式会見に臨むワン・ルイ監督.

今年7月18日に大雨でダムが決壊しフルンボイル市などが洪水に遭ったニュースで記憶に新しい地名でもある中国・内モンゴル自治区のフルンボイル草原。この草原で暮らすチョクトとサロールの夫婦をとおして現代の遊牧民のジレンマを描く中国映画「大地と白い雲」が公開された。本作で一昨年の第32回東京国際映画祭コンペティション部門の最優秀芸術貢献賞を受賞したワン・ルイ監督に話しを聞いた。【遠山清一】

↓ ↓ 映画「大地と白い雲」レビュー記事 ↓ ↓
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一組のモンゴル人夫婦をとおして描く
現代の遊牧民が直面しているジレンマ

ーー本編の冒頭、黙って家を出て帰って来ない夫をサロールがオートバイを駆って探すシーンから始まり、最後は町々を放浪して帰ってきたチョクトが行方の分からなくなった妻を捜しに行くところで物語は終わります。都会の暮らしや知らない世界に憧れフラットで掛けてしまうチョクトと伝統的な遊牧民の暮らしを愛するサロール。ほとんど夫婦の話で展開しますが、開発会社の土地を売り都会へ移住した家族やスマホで移動先の位置が分かるなど変化しつつある遊牧民コミュニティの情況も描かれていますね。

ワン・ルイ監督 サロールとチョクトの役割が逆転することで、それぞれが人生に求めるものが再定義されます。彼らが学んだのは、相手を変えようとするのではなく、自分の人生そのものを受け入れ、ただ時の流れに身を増せることなのです。チョクトのように、個人的な幸せの追求と社会的な属性が調和せず、対立する背景には、社会が引き起こした生活様式と文化的な価値観の急速な変化に遊牧民が適応できていないことを示しています。

経験した大草原の魅力が
この作品づくりにつながる

ーーチョクトとサロール夫妻が主役ですが、フルンボイル大草原の壮大さや季節がとても美しく描かれていて、本作のもう一人の主役のように生き生きしている感じが印象的でした。大草原をテーマに映画を撮ろうとイメージされたきっかけは何ですか。

ワン・ルイ監督 最初は、1987年に役者として映画の撮影に行って、馬術を習いました。それから(監督の仕事としては)93年と97年です。半年くらい、ずっと仕事をしていたので大草原での生活についてはかなり見聞しました。最初に大草原に行ったときは、大地は本当に広くて、人間というのはなんとちっぽけなんだろうと実感しました。そのころの大草原には、馬がとても多かったので、馬にはとても親しみを持ちました。また、大草原そのものにもとても親しみを感じましたので、この映画は、そこから結びついてましたね。

ーーチョクトが友人たちと草原で宴会しているとき、馬に乗って野生の群馬を追う勇壮なシーンや友人が無断で羊の群れを敷地に入れた男を追い出しているのを見て友人に「お前は遊牧民の魂を失くしたのか」などとなじるシークエンスが印象的でした。チョクトは現代のンゴル男性のひな型なのでしょうか。

きちんとしたモンゴル語が話せることと放牧区での生活経験が身についていること、二つの決定条件でキャスティングを獲得したポリチハン・ジリムトゥ(チョクト役)とタナ(サロール役)。 (C) 2019 Authrule (Shanghai) Digital Media Co.,Ltd, Youth Film Studio All Rights Reserved.

ワン・ルイ監督 モンゴル人は漢民族に比べると、とても伝統的な生活習慣を残しています。漢民族はその部分をかなり失ってしまっていると思います。
羊に草を与える件ですが、以前の遊牧民は草原を仕切る柵は作りませんでした。どこの草を誰の羊の群れが食べても関係ないというのが伝統的なモンゴルの遊牧民の習慣でした。でも、いまは自分の土地は柵で囲っているので、誰かの羊が草を食べていたら、泥棒されている感じになってしまうのでしょう。それをチョクトがなじっているのは、いまもモンゴル人全体に通じる心理状態ではないかと思います。(都会での生活に憧れる)チョクトですが、自分にはモンゴル遊牧民としての伝統と生活を大事にしたい思いがあるのでしょうね。

ーーサロールを演じたタナは歌手が本職ですが、フラりと出掛けたままずっと帰らないチョクトを思いながら家の前でモンゴル長歌(オルティンドー)を歌う夕陽と草原の美しさが印象的でした。

ワン・ルイ監督 モンゴル民族が、歌に想いを託すという情景はいろいろなところで観られますね。サロールが家の前で帰って来ない夫を想いながら歌うシーンは、正調、裏声、ホーミー(一度に二つの音を発声する)などの唱法を使うモンゴル独特の民謡モンゴル長調(オルティンドー)です。大抵は、自分の悲しい思いをしっとりと歌うような曲が多いですね。
モンゴルの女性は朝、牛の乳をしぼるときによく乳しぼりの歌を歌います。それは、自分だけ早起きして乳しぼりするので寂しいんですよね。モンゴルに行く機会がありましたら、ぜひ、そういうところにも目を留めていただけたらと思います。

ーーありがとうございました。

監督:ワン・ルイ 2019年/111分/中国/中国語・モンゴル語/映倫:G/原題:白雲之下、英題: Chaogtu with Sarula 配給:ハーク 2021年8月21日[土]より岩波ホールほか全国公開。
公式サイト http://hark3.com/daichi/

*AWARD*
2019年:第32回東京国際映画祭最優秀芸術貢献賞受賞(映画祭での邦題「チャクトゥとサルラ」)。 2020年:第23回上海国際映画祭一帯一路映画週間オープニング作品。第33回金鶏奨最優秀監督賞受賞。