アシジのフランシスコほど、時代や宗教を超えて慕われている聖人がいるだろうか。中世に生きた人でありながら、ジェンダー、環境保護、他宗教との対話、福音を生きるといった現代にも響くテーマについて、ラディカルな生き方を提示し続けている。

ところが残念なことに、フランシスコ自身の著作に親しむ人は少ない。ちなみにフランシスコの名を全世界に知らしめた「平和の祈り」は彼の作ではない。この事実はいみじくも、「フランシスカン問題」(諸伝記の資料問題)を象徴しているように思える。

つまり、フランシスコ自身による書き物は少ない上に、その大半が口述筆記である。当時、珍しいことではないが、誇張や修道会の意図が入り込んだ伝記が流布することとなる。これらの伝記は、「もう一人のキリスト」と称されるほどフランシスコの名を押し上げはしたが、聖書を逸脱した聖人像に、彼を矮(わい)小化して来た面もある。

しかしこの四半世紀の批判校訂研究に基づき、フランシスコ会自らが、その乖(かい)離を乗り越えて原初の精神に立ち返ろうとしている。その取り組みの結実が、先んじて刊行された『伝記資料集』(2015年)と本書である。詳しい経緯は、本書の「総説」をお読みいただきたい。フランシスコに魅入られた者にとって、上質な謎解きを味わうがごとき至福であろう。

こうして聖人伝から解き放たれ、脚色がそぎ落とされてみると、賛美や祈りも、手紙や会則も、驚くほど聖書に忠実である。単純素朴な〈魂の言葉〉は、私たちを貧しい共同体へと招いてやまない。フランシスコの真髄はそこにあるのだ。また特筆すべきは、クララの著作研究の労であろう。彼の霊性を引き継ぎ、「貧しさの特権」を死守するために苦悩した跡が見て取れる。

最後に、「解説」を一読の上、本文を読み直すこと、かなうならば『伝記資料集』と合わせて読まれることをお勧めする。歴史の中を生きた彼らの息吹が、さらに生々しく伝わってくるに違いない。(評・吉川直美 単立・シオンの群教会牧師)

 

『アシジの聖フランシスコ・ 聖クララ著作集』
フランシスコ会日本管区監修・翻訳、
教文館 5,280円税込、A5判

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