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家族に優しい教会とは、家庭や教会で信仰形成の役割を果たすことができるように親を教育する教会を意味する。言い換えれば、それは家庭を中心とし、教会がサポートする子どもと青少年のミニストリーとも言える。
信仰形成は、まず家庭で行われるべきである。旧・新約聖書は、家庭での信仰形成を呼びかけている。例えば、申命記は、父親が子どもに過越祭の話をするよう求めており(申命記6・6、7)、パウロのエペソの手紙でも、親は子どもたちに主について教えるようにと命じている(エペソ6・4)。聖書は、信仰共同体がそのメンバーの霊的成長を支援する役割を担っていることを示している。今日の教会は、両親の責任を奪うことなく、この目的を達成するために両親と協力すべきである。
また聖書は、クリスチャンホーム出身ではない者たちを、クリスチャンの家庭に「養子」として迎え入れ、家庭の中でその人を弟子として育てることも示唆している。霊的な父と母が必要なのである。パウロがテモテとテトスにしたこと、ロイスがテモテにしたことは、今日の年配のクリスチャンが見習うべきことである。
以上のような聖書の教えは、家族に関する教会の神学的機能と、教会が家族にどのように奉仕すべきかを、私たちに再考させるものである。聖書は、どの世代も他の世代と一緒に霊的に成長すべきであると教えている。聖書によると、大人だけでなく、子どもも一緒に礼拝をしていたことが分かる。
教会の幸福は、家族の幸福に依拠しているとも言える。従って、教会は両親と協力して、子どもたちに聖書の価値観を教える必要がある。家族が強いキリスト教信仰を持つようになれば、教会も活気づく。教会だけで家族の一人一人に奉仕することはできない。教会が教えていることを補強するために、各家庭が関心を持つ必要がある。家族のメンバーは教会よりも家庭で過ごす時間が長いので、家庭こそが教会の教える聖書の価値観を強化するのに適した立場にある。さらに、親は子どもに対する霊的な権威を持っている。この働きが真剣に行われるなら、教会にいるすべての人が弟子化され、すべてのメンバーが主にあって成長するのを見ることができるだろう。その結果、教会自体が活気づき、神にある生き方の模範となる家族を通して、教会の必要を満たすことができるのである。
家庭をキリスト教信仰の成長の中心的な単位、主体として整えることと、教会内のすべての世代に仕え、世代を超えて奉仕すること。この二つの戦略を作る。これは、特定の年齢層や特定のニーズ層への奉仕を妨げるものではない。礼拝は、まず多世代で行われる必要がある。教会で一緒に礼拝をしない家族は、家庭でどのように一緒に礼拝をしたらよいのか分からないだろう。これらの戦略は、教会の指導者が意図的に採用し、実行する場合にのみ、効果的である。男女別、年齢別など細分化されたプログラムによるミニストリーで家族がバラバラになるのではなく、すべての世代に届く、世代間ミニストリーを行うのである。(つづく)

2022年10月09日号掲載記事)

2023年1月27日開催 出版記念講演会『D6 教会と家庭をつなぐ次世代育成ミニストリー』