パウロ神学の新しい視点(NPP)を代表する英国の新約聖書学者N・T・ライトは、その斬新な主張が「16世紀宗教改革を否定するつもりか」としばしば批判される。実のところライトはルターやカルヴァンをどう評価しているのか|そんな疑問への答えが垣間見えるようなライトの寄稿が、昨年11月14日、本紙提携メディアである米福音派誌クリスチャニティトゥデイに掲載された。全文を転載する。

N.T.ライト

ルターやカルヴァンを抹殺すべき?

キャンセル(抹殺)文化は、歴史的なものでさえ、境界を知らない。最近、プロテスタント宗教改革者ジャン・カルヴァンとマルティン・ルターが異端者を焼いたというキリスト教らしくない記録をもとに、教会史の寵児たちを「キャンセルしよう」という議論が起こっている。この議論は、例えば、世俗的な歴史上の人物が奴隷を所有していたことを理由に抹殺する議論と似ているように思う。
残念ながら、キリスト教の指導者や教師は、どの世代もそれぞれ問題や盲点を持っているようだ。私たちは、このような機会を捉えて、自分たちにも同じような弱点がないかどうか、自らを省みる必要があるのではないか。
200年後、300年後(まだ200年、300年の歴史が残っているとすれば!)、私たちは何を深刻な問題として振り返ることになるだろうか?例えば、私が知っているほとんどのクリスチャンがタバコをやめたのは、ごく最近のことだ。

16世紀プロテスタント宗教改革者たちの過ちは…

異端者を焼くことを容認するキリスト教指導者が多かった16世紀以降、社会は大きく変化している。彼らの考えでは、信仰の主要点に関する異端は深刻な問題であり、本物の背教者は生きることを許されず、他の人々への教訓として死刑にしなければならなかった。
私はオックスフォードの中央、1550年代に火あぶりにされた殉教者リドリーとラティマーの記念碑から数百メートルのところに住んでいる。ひどい時代だった。私たちは振り返って「彼らは神と福音に対する誤った熱意と忠誠心によって、どうしてそんなことをしたのだろうか。あれは何だったのだろう」と言う。
彼らからすれば、異端者を焼くということは、異端者の教えがもたらす破壊的で堕落した影響から教会と社会を純粋に保とうと必死になっていたのだ。今なら、その行動は間違っていたと言えるだろう。しかし、それが当時の指導者たちの立場だったのだ。
私にとっては、カルヴァンやルターがこれらの疑わしい事例で書いたり言ったりしたことは、彼らの教えのすべてを否定するものではない。ただ、私たちと同じように、彼らも何か重大な間違いを犯したということだ。実際、ルター自身、人間は義であると同時に罪深い存在であるという神学を展開している。彼は、キリストにあって信仰により神が自分を義とされたにもかかわらず、自分がまだ罪人であることを完全に知っていたのである。
私たちはどの時代にも、キリストにあって神を呼びながらも、生活や習慣、方針に過ちがないわけではない人々(私も含め)がいることを、大きな視野で見なければならない。後の世代が振り返って、「彼らの教えとは違うものを見ている」と言うような神学的な問題はたくさんある。
ルターやカルヴァンの出発点である15世紀後半から16世紀初頭のローマ・カトリックの神学から出発すると、免罪符の販売などのことで教会の問題がどのように展開されていたかがわかる。彼らは当時の問題に対して新しい答えを出すことを余儀なくされた。そして、新旧両約聖書のギリシア語やヘブル語の再翻訳や再解釈を行い、聖書の原典に立ち返るという正しいことをしたのだ。
少なくとも私の見地から見れは、彼らを抹殺することが問題なのは、彼らが中世後期の疑問に聖書的な答えを与えようとしたことである。ルターもカルヴァンも、聖書の根底にある1世紀の問いに対する別のニュアンスにほとんど気づいていなかったと思う。だから、原典に立ち返って新鮮な知恵を学ぶという彼らの方法を賞賛したい。
彼らは中世の弊害を批判するのに十分な関心を持っていた。しかし、だからといって、彼ら自身の悪弊がなかったわけではない。
彼らをキャンセルするのではなく、聖書を原文で読む彼らの方法を尊重し、それが何を意味するのかを見出すことに全力を尽くそう。そうすれば、初期のキリスト教徒がどのような問いに答えようとしていたのかを理解することができる。また、現代に生きる私たちが直面している問題に対する新しい答えを与えてくれるだろう。
結局のところ、私たちは過去の登場人物のところに行き、彼らやその行動を偶像化することなく、彼らの神学の良いところをたたえればよいのだ。彼らも他の人々と同じく人間であり、それゆえそう主張していたのだと私は思っている。

マルティン・ルター
(1483~1546)
ジャン・カルヴァン
(1509~1564)

2023年02月26日号   06面掲載記事)