インタビュー:映画「星くずの片隅で」ラム・サム監督――利害関係を超えた先に純粋な愛は存在する
7月14日[金]より香港映画「星くずの片隅で」が公開される。新型コロナウイルス感染症(COVID・19)が拡大する2020年の香港を舞台に、規制で静まり返る香港の町と圧迫感に苛立つ人々。そんな情況でも、人間どうしの情のつながりと助け合える希望を謳うヒューマンドラマ。ラム・サム監督は、香港で民主化運動が展開された2019年を舞台にレックス・レンとの共同監督作品「少年たちの時代革命」を撮り、日本でも評価された。初の単独長編監督としてデビュー作品となる本作は、香港電影評論家学会大奨最優秀監督賞を受賞したほか台湾アカデミー賞(金馬奨) 最優秀オリジナル音楽賞受賞など内外から高く評価されている。“新世代の香港映画”を牽引する新進監督として注目されるラム・サム監督に話しを聞いた。 【遠山清一】
↓ 「星くずの片隅で」レビュー記事 ↓
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コロナ禍の前に企画立案香港人の
ためにの思いを超えて得た共感
――長編劇場映画の監督デビュー作品が、香港、台湾、日本ほか内外の映画祭などで多くの賞を獲得され、おめでとうございます。この作品が高く評価されているお気持ちを聞かせてください。
ラム監督 ありがとうございます。じつは、この作品が海外でこれほど評価されるとは思っていませんでした。2018年ごろに企画立案したものですが、撮影開始とともにCOVID・19が広がり、香港で香港人向けに作品を作ろうと思いました。それが、世界各国で上映される機会をいただき、さらにパンデミックな情況になったことから地域性を超えて共感といったものを得られたかなと思います。チーム全体でも驚きであり、とても喜んでいます。
――確かにパンデミックな情況でしたので、生活面での大変さが、互いに信頼し合うことの難しさも伝わってきました。
ラム監督 (今年3月に開催された大阪アジアン映画祭で来日)日本の方々からも、コロナ禍の香港の情景を見て、やはり共感し感銘を受けたという感想をいただいて、人と人の関係が互い信頼できるのであれば、さらなる可能性をもたらすのではないのか思わされました。
さらに、香港は資本主義というか、とても利害関係の厳しい所なのですが、それを飛び超えた先に純粋さ、愛というものが存在するのではではないか、と思います。いま、世界の情況でも戦争があったり様々なことが起きているなかでも、純粋な愛というものが人々の間には在るのではないか。そういう考えを強調したいと思い、作った作品です。
コロナ禍以前にできていた作品の構想
主役ルイス・チョンの役柄が味わい深い
――本作の企画立案は、コロナ禍以前の2018年頃から清掃員をメインの物語にする構想はできていたそうですね。コロナ禍の影響などでザクのキャラクターとか、変更した所はありましたか。
ラム監督 主役の仕事が清掃員という構想はしませんでした。’18年に脚本家のフィアン・チョンとミーティングしていた時、外で清掃会社のストライキがあって、その時、清掃員の設定がいいんじゃないかと思いました。(笑)
なぜかと言うと、社会になければならない存在と分かっていても、フォーカスされるわけでもない、目だたない存在です。さらに、清掃員の仕事の特性は、早朝とか夜間とか、人目に付かないときに仕事をしている。その仕事の成果をわれわれ一般人が享受しているのです。
――そういえば、ザクと母親が住む部屋には「社会に貢献感謝」のスローガンが掲げられていましたね。
ラム監督 個人的にも清掃員という仕事はすごくおもしろいと感じています。だいたい一人でも黙々と働いているので達成感があると思います。コロナ禍になって少し調整はしましたが、清掃員として働く人たちの社会的な背景や労働者層の人がお金持ちの家に行って掃除したり、場合によってはアパートで孤独死した人の遺体処理をするとか、人生それぞれいろいろなことがありますので、清掃員のから世の中のことをいろいろ見ていくように描いたのが、大きく変わったところでしょうか。
――この作品は、人と人とのつながりがとても丁寧に演出されていて、ザクと母親の関係やキャンディと娘ジューの演技もとてもすばらしかったです。キャスティングはオーディションで決まったのですか、あるいは監督がオファーされたのですか。
ラム監督 主人公については「まぁ、ルイス・チョンさんだな」と脚本家とは話していました。ルイスさんも脚本を観て快諾してくださいました。ルイスさんは(「燃えよデブゴン」のファン警視役など)コメディな役柄を演じるイメージが強いですが、本作ではあまりしゃべらない中年の男性というキャラクターですので、そのギャップの妙味がこの作品のいいスパイスになるのではないかとオファーしました。
キャンディ役は、オーディションで最初に決まったのはアンジェラ・ユンさんとは別の方でした。ところが、コロナ禍になって撮影時期が変わりその方は出演できなくなったのです。次いでキャンディ役のキャラクターに印象が合っていたのがアンジェラさんでした。アンジェラさんは、オーディションで緊張した様子がキャンディのキャラクターにとても合っている印象でした。それで、もう一回呼んで娘ジュー役のオンナーちゃんと、二人でワンシーン演じてもらったら、とても役柄の母子のイメージに似て、いい雰囲気が出ていたのでオファーしました。
――ザクのキャラクターですが、どんな状況になっても、自分の誠実さとか、やり遂げて行こうとする真面目さは変わらない男性のように見受けられました。監督と同じ歳くらいの設定のように思いますが、自己投影のところもありますか。
ラム監督 自分のキャラは、ザクではなくキャンディですね。(笑) 自分も結構失敗しますし、失敗したことをあまり認めたくないところがあるので、どちらかというと自分はキャンディのタイプですね。
ザクのキャラクターについては、私の家庭環境とか成長過程で経験した周りの人たちの助言や関係性という面は物語に取り込んだと言えます。あと、自分の父親の性格であったり周りの大人たちの物言いなどはザクのキャラクターや立ち居振る舞いにも活かしました。
家族とか友人、恋人などの関係性超えて
人と人がお互いを見つめ、助け合う物語
――ザクとキャンディの関係性も興味深い所でした。ザクは中年で、キャンディは一回りほど年下の感じですね。ストーリー展開も恋愛感情が起こる直前で終わっている印象ですが、このような設定にはどのような意図があるのでしょうか。
ラム監督 脚本家と話し合っていたザクとキャンディの関係性は、「情は感じるのだが、愛情にまでは至らなかった」というところです。なぜかと言うと、(ザクもキャンディも)自分たちが生活するということだけで精一杯で、愛情というか恋愛するところまでには至らなかった。これは、演じてくれたルイスさんもアンジャラの二人もまったく同じ感じでした。ですから、二人の関係はちょうどいいところで距離を置いている。それが、現実ということでしょう。こういう時代だからこそ、家族や恋人、友人という関係性だけではない、人と人がお互いを見つめ、助け合う姿を描かなければいけないと思いました。
――本作の原題は「窄路微塵」(きょうろみじん:「窄」は香港の俗語でお金がない、困窮、苦労しているなどの意味を持つが、主にお金が無い時に使われる言葉=香港映画日本上映情報局。)ですが、日本でのタイトルは「星くずの片隅で」とつけられました。邦題についての感想はいかがですか。
ラム監督 香港の原題の方は、市民層の生活感とか現実、もしくは少し厳しい人生の境遇のイメージを感じさせますね。邦題の方は、希望とかロマンスが感じられるようなタイトルで、ロマンチックで素晴らしいと思いました。
――ありがとうございました。
【星くずの片隅で】 監督:ラム・サム(林森) 2022年/115分/香港/広東語/映倫:G/原題:窄路微塵、英題:The Narrow Road/ 配給:cinema drifters、大福、ポレポレ東中野 2023年7月14日[金]よりTOHOシネマズ シャンテ、ポレポレ東中野ほか全国順次公開。
公式サイト https://hoshi-kata.com/