シングルマザーのキャンディにまともに生きてほしいと手を差し伸べるザクだが… (C) mm2 Studios Hong Kong

今年5月に新型コロナウィルスの感染法上の位置づけが季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に移行したが、ここにきて「第9波」の兆しと懸念される地域も見られるとか。マスク、指先消毒、ソーシャルディスタンス…、町の店舗のシャッターは下り休業・閉店の張り紙も珍しくなかったコロナ禍は、細々と人生の小道を懸命に歩んできた市民層の人々にさまざまな重荷と不安を負わせてきた。コロナ禍に先行きが見えない香港で、若いシングルマザーの母子と、清掃会社を営みながら高齢の母親と暮らす中年の男。経済の停滞、人口流出の激しい情況で、物を盗んでも生きてきたシングルマザーに、ひょんな出会いからまともな生き方ができるようにと手を差し伸べようとする物語は、どんな情況に陥っても助け合い、人を信頼することの希望を謳う応援歌を奏でている。

↓ ↓ ラム・サム監督インタビュー ↓ ↓
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政情変化とコロナ禍に低迷する香港に生きる
シングルマザー母子と清掃員との出会い

新型コロナの感染拡大で中国本土や外国への移住などで急激に人口流出が進む香港。歳老いた母親(パトラ・アウ)と暮らしながら小さな清掃会社ピーターパン・クリーニングを経営するザク(ルイス・チョン)。受注状況は厳しいが、シャッターを下ろした飲食店の清掃と消毒液散布を請負ってどうにかやりくりしている。この日も、仕事を終えて事務所に帰り、シャッター街と化したインフォメーションの貼り紙を剥がして戯れる小学生くらいの女の子と若い母親の様子が窓から見える。ザクは、帰り道にコンビニでその若い母親が万引きするのを見てしまう。

翌日、その若い母親キャンディ(アンジェラ・ユン)が、街に張り出したアルバイト募集のチラシを手に持って応募してきた。着ているファッションから観ても清掃のアルバイトなど未経験な事は見て取れるが、「なんでもやります」と食い下がるキャンディ。ザクは、とりあえず時給200香港ドルで試験採用した。キャンディがアパートに帰ると、待っていたのは娘ジュー(トン・オンナー)と家賃滞納の督促状。

仕事初日、6分遅刻。洗剤や消毒液散布の手順を教えると、覚えは早いキャンディ。だが、金持ちの邸宅の清掃に行ったとき、買い溜めされているマスクの箱の多さを見ていてキャンディは娘のために1箱600ドルにも高騰している子供用マスクを3箱持ち帰ってしまう。翌日、気づいた顧客から連絡を受けたザクは、弁償してキャンディに「世の中はひどいことばかりだが、それに同化するな」と諭して解雇する。

(C) mm2 Studios Hong Kong

だが、アルバイト先を変えながら懸命に娘と生きていこうとするキャンディを見て、もう一度だけチャンスを与えようと再雇用する。すると、ちゃっかり時給アップを交渉するたくましさも持ち合わせているキャンディ。清掃仕事は初めてだが、覚えは早い。しだいにザクの信頼を得ていく。コロナ禍のなかでどんな仕事も請け負わなければやっていけない厳しい情況。時にはアパートで独り暮らしの老人が死去した部屋の後始末の清掃もある。後始末を終え、「人生って何なの」と、生と死の果敢(はか)なさを思うキャンディに、ザクは「深く考えすぎるな」と気遣う。その夜、ザクが自宅に帰ると母親がソファに寝入ったまま意識不明になっていた。急遽病院へ搬送されたが、そのまま亡くなった。

仕事は順調に増えつつあったが、葬式の期間は休業しようとしていたザク。だが、キャンディは一人でもこなせるからと、ザクを説得して実家での葬式に送り出す。洗剤や消毒液が入荷不足な情況で、ようやく入荷した仕事用の洗剤。だが、ちょっとした事故が起こり、キャンディはザクに相談の連絡をせずに自分の判断で対処する。そのことが、ザクが葬式から時に発覚し、会社の信用を失う事態を招いてザクは窮地に追い込まれる…。

人の良心への信頼を
謳うヒューマンドラマ

本作フライヤーに使われているキャッチコピーは「俺たちは塵より小さい、神さまも見逃すほどだ。でもお互いを見れたら、それでいい」。ザクがキャンディに言う言葉だが、同様にオープニングのタイトルロールでも「俺は塵より小さい。神さまに見えるか」とザクのナレーションが問いかける。家に「社会に貢献感謝」の標語を掲げ、地道に仕事を誠実に行うザクの謙遜さが滲み出ているコピー。中国本土の香港への政策に対する抵抗感、コロナ禍で香港を去っていく富裕層とどんな情況になってもそこで暮らし続けるしかない市民層との格差社会など、香港の情況が垣間見えてくる。先行きの見えない狭い道(窄路)を歩くような人生にも、夜空に遠く小さな星の光に温もりを感じるような出会いを描いたラム・サム監督は「もしあなたが善良な心を信じられなかったり、疑ってしまうのであれば、この映画を観れば人生やこの世界をもう一度信じられると思います。」と、本作に込めたメッセージを語っている。その温もりは、会社の厳しい切り盛りをする息子を静かに見守り、さりげない励ましを送るザクの母親役のパトラ・アウや、映画初出演とは思えないほど母親のキャンディと健気に生きるジュー役のトン・オンナーの名演が豊かに謳っている。【遠山清一】

監督:ラム・サム(林森) 2022年/115分/香港/広東語/映倫:G/原題:窄路微塵(きょうろみじん) 英題:The Narrow Road/ 配給:cinema drifters、大福、ポレポレ東中野 2023年7月14日[金]よりTOHOシネマズ シャンテ、ポレポレ東中野ほか全国順次公開。
公式サイト https://hoshi-kata.com/
公式Twitter https://twitter.com/hoshikuzu2023
Instagram https://www.instagram.com/hoshikata2023/

*AWARD*
2022年:台湾アカデミー賞(金馬奨) 最優秀オリジナル音楽賞ほか2部門受賞。エディンバラ国際映画祭出品作品。 2023年:香港電影評論家学会大奨最優秀監督賞(ラム・サム)・最優秀男優賞(ルイス・チョン)・推薦映画ほか3部門ノミネート。香港アカデミー賞最優秀音楽賞受賞(ほか作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞<ルイス・チョン>、主演女優賞<アンジェラ・ユン>、助演女優賞<パトラ・アウ>、撮影賞、衣裳デザイン&メイク賞、新進監督賞ノミネート)。第18回大阪アジアン映画祭コンペティション部門出品作品。