榎本和子さんを天に送る
鳥井新平(近江平安教会牧師)

 アシュラムセンターで尊いお働きをされてきた榎本和子さんが去る815日に神様の御許に帰られた。97歳のご生涯であった。
1925年に淡路島で4代目のクリスチャンとして生まれ、育ち、49年に榎本保朗牧師と結婚。その波乱万丈の生涯は、三浦綾子の小説『ちいろば先生物語』に詳しい。
77年にその頼みとする夫・保朗牧師がアシュラムセンター開設後2年で帰天した時にも、しばらく寝込んだ後、「取りて読め」との神の声を聞き、おそるおそる聖書をまた読み始め、アシュラムセンターの継承者として働きを続けられた一生は正に、神の前に謙虚で真実を追い求めた柔和な人として多くの人の心に残る生涯であった。
かくいう私は榎本和子さんの隠れたファンの一人であった。長らくアシュラム誌の最後のページを飾った和子さんの随筆は短い文章の中に本質が書き留められた名文であった。そのお人柄はとても気さくな関西のおばちゃんそのものだった。
お亡くなりになる1か月前、ご自宅のベッドで寝たままとなられた和子さんを訪ねるチャンスを得た時にも、一緒に大きな声で壁にはってあった讃美歌や童謡を歌い、「あんた、デコひろなったなあ」と冗談をいわれ、何度も何度も大きな声で笑っておられた。
葬儀は息子榎本恵牧師が司式をし、奏楽は娘のるつ子さん。孫・ひ孫たちが賛美やヴァイオリン演奏をする中、故榎本保朗の待つ天国に送られていったのだった。式中、孫の榎本空が榎本和子著『ちいろばの女房』(いのちのことば社)の一節を朗読したように、その一生がまさに一生懸命、神に従って織りあげたじゅうたんのように、神の計画が裏側にしっかり見事に織りあげられた歩みを示された。
榎本和子さん、ありがとうございました!!

アシュラム誌より