碓井 真史 新潟青陵大学大学院教授/心理学者

無条件の愛を土台とした厳しさを

子どもを守りたい。では、守るとはどういうことだろうか。札幌市ススキノの殺人事件が大きく報道されている。実行犯が娘、両親が共犯者として、殺人容疑で逮捕されている。この事件自体は容疑段階であり真相は不明だが、親は子を溺愛していたとも報道されている。

これまで発生した猟奇殺人事件の中には、事件以前に大きな問題行動が見られたことも多い。動物虐待、友人や家族への激しい暴力。成績は良くて日常的には真面目に見える子が、突然驚くようなことをすることもある。

親は子どもを守りたいと願う。子どもが問題を起こした時も、本当は悪い子ではないと信じるのが親だ。魔がさした、一時の気の迷い、悪いのは周囲の人間だ、そう思いたくなるのも当然だ。何とか大ごとにせず、穏便に済まそうと考えるのが普通だろう。ただ、それが本当に子どもを守ることになるのかを考えたい。学校の成績が良いために、子どもの問題性が隠れてしまうこともある。あのときに、もっと深く対応できていればと悔やまれることもある。

子どもは様々な問題を起こす。その多くは、その時にきちんと叱り指導すれば済む話だ。しかしまれに、大きな問題が潜んでいることもある。反省文を書かせて終わりにしてはいけない場合もある。叱るだけで終わらせず、医療、福祉、教育、司法が、総動員で取り組まなければならないケースもある。その結果、将来の大事件が未然に防げることもあるだろう。

子どもは可愛い。だが同時に、優しく可愛がるだけでなく「可愛い子には旅をさせよ」であり、時には「心を鬼にする」ことが必要な時もあるだろう。子どもを守ることは大切だが、守りすぎれば弱い子になるし、子どもの言うことに従えば良いわけではない。

子どもを守ろうと思うあまり、過保護になってチャレンジと成長の機会が奪われることがある。あるいは、子どもが深く反省し謝罪しようとするのを妨害する親もいる。子どもが万引きで警察に通報された時、店舗や警察に文句を言い、それが子どもを守ることだと思い込んでいる親もいる。

子どもが不良少年から恐喝されている時に、子どもを守るために金を渡し続けた親もいた。子どもがカルトにマインドコントロールされた時は、頭ごなしの否定は逆効果だ。だが一方、断固とした強い態度を取ることができず、問題解決が遅れることもよくある。後に大不祥事を起こした牧師が、実はずっと以前から問題視されていた部分があったのに、優秀な面もあったために見過ごされてきてしまったケースもある。

もちろん、厳しさの土台には無条件の愛が必要だ。冷酷な厳しさだけでは人は育たない。そして、愛を口実にした虐待も、また愛を言い訳にした過保護や問題の見逃しも、本人の道を誤らせ、被害者を生むことにつながるだろう。私たちも、愛の心と義の心を適切に持ち続けていきたい。

2023年09月06日号 03面掲載記事)

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