映画「1%の風景」――“時満ちるのを待つ”価値観が息づく助産所の人たち
タイトルの“1%”とは、日本での助産師による助産所(助産院)分娩の割合を示している。戦前戦中は、この割合とは真逆で産婆(助産婦)による自宅か産小屋での出産がほとんどだった。現在はあまり知られなくなった助産所。吉田夕日監督は、第2子を妊娠したとき、知人が助産師による自宅出産したのを知ったことがきっかけで自宅での出産に興味を持った。本作は、吉田監督自身が近所にある助産所の助産師と信頼関係を得てそこで第2子を出産した経験を経て、2個所の助産所と助産師に援助を受けながら4人の女性たちが子どもを産む様子を撮っている。病院施設での出産とは異なる産婦の生活感覚に近い助産所での出産の温もりが伝わってくる。
待って、待って、待って…
…待った結果が“いのち”
おもに登場する助産院と助産師は、東京の「つむぎ助産所」の渡辺愛助産師と、「みづき助産院」の神谷整子助産師。
「つむぎ助産所」に保育士を目指す学生たちが渡辺さんから研修を受けるため訪ねてきた。学生たちに、助産師は絶滅危惧種だが「待って待って待って…待った結果が“いのち”だからね。いい仕事でしょ」と助産師のやりがいを話す渡辺さん。胎児の心音を聞いて位置と情況を確認し、菊田さんに「明日には生まれるだろう」と予測を伝える。翌日、幾度となく始まる陣痛に苦しそうな菊田さんを励ます夫を、「そう、うまいうまい」と褒める渡辺さん。生まれた赤ちゃんに感激する二人。出産後、助産師は食事作りや沐浴など24時間体制で母子をケアする。産後5日目で退院。その後は、産後の検診とケアに菊田さんの家を訪問する。
「みづき助産院」の神谷さんは、45年間も女性のお産を見守り続けてきた。母子二代の出産を見守った家族もある。だが、高齢出産の増加や病院での計画分娩の普及などで、助産所での分娩件数は減少し、神谷さんは残りの3人の助産を最後に助産を辞める決心をしている。その妊婦の一人飯窪さんは、第3子を助産院で産もうとしている。だが、予定日になっても陣痛が来ない。予定日を1週間過ぎても生まれないと、連携医療機関への転院も視野に入れなければならなくなる。予定日が気になっている飯窪さんに「昔だったら赤ちゃんが生まれる時が生まれる日よね」と心をほぐす神谷さん。
「つむぎ助産所」の渡辺さんも、開業している自宅での助産をいつまでできるか思案している。年齢的にも体力的にも続けられるが、「仕事がないわけだからね。待つ時間が無くなっちゃたのかね。身体が治るのを待つとか、生まれるのを待つとか。そういう価値観がそのうち無くなっちゃうのかしらね」とつぶやく…。
出産の自然性と
満足感の大切さ
胎児がこの世に誕生する“時が満ちる”のを、産婦と胎児に寄り添い、励まし癒しながらただひたすら待つ助産師。近年、助産師の有資格者は増えつつあるが、ほとんどは病院施設などの職に就く。助産所や自宅で助産師の支援を受けながら子どもを産む風景は1%より更に激減しつつある。個々人が楽に感じられる姿勢で自然な出産を待つのは母体と胎児、助産婦だけではない。産婦の夫や弟か妹が誕生するのを興味津々のまなざしで見つめる子どもの輝くような表情。正常な出産はほとんど何の手出しもせずに胎児は生まれてくるという。
助産所での出産を決意したお母さんたちは「全部自分の意志で決めてお産しているから、その時点で満足度が高い」という。あまり知られなくなった助産所での出産を決意したそれぞれのお母さんたちの満足そうなことばが、1%の風景の明日を拓いてほしいと励ましているように聞こえてくる。 【遠山清一】
監督・撮影・編集:吉田夕日 2023年/106分/日本/ドキュメンタリー/ 配給:リガード 2023年11月11日[土]よりポレポレ東中野ほか全国順次公開。
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*AWARD*
2023年:第28回あいち国際女性映画祭2023国内招待作品。