(c) 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS ? GOODFELLAS ? LES CINEMAS DE LA ZONE – KNM ? ARTEMIS PRODUCTIONS ? SRAB FILMS ? LES FILMS VELVET ? KALLOUCHE CINEMA

人生は“夢のなかの夢ではないのか?”

映画評論家の夫と元精神科医の妻。アパートの中庭を挟んで向かいの窓越しの部屋にいる夫に「準備できたわよ」と声をかける。テラスでワインを乾杯するインテリ夫妻の朝。妻が「人生は夢ね」と話しかけると、夫も「そう。人生は夢のなかの夢だ」と答える。

タイトルの直後にスクリーンは左右2画面に分けられ夫と妻の行動がそれぞれに展開する。認知症の妻は、朝起きるとガステーブルにケトルで湯を沸かそうとするとガスを切らないまま家を出て近所の雑貨屋に入っていく。心臓に持病を抱える夫は、ガスを切ってコーヒーを淹れると書斎に行き原稿の仕事に取り掛かる。一段落して妻がいないことに気付いて近所の人や書店などに声をかけ妻を探す。雑貨屋の主人に「奥にいるよ」と教えられと買いたいものがあるわけでもなく店の商品を見ている。夫は自宅へ連れ帰ろうとすると妻がレジの傍ら小さな花束に執着しているので買い与える。

妻の認知症が日々進行する様子に気分がイラついている夫は、つい「なぜ黙って家を出たのだ」と、注意のつもりが詰問に聞こえる妻は「恐がらせないで」委縮していく。やがて離れて住んでいる息子が来て、母親の言葉をじっくり聞こうとするが母親は「家に帰りたい。 あの人は誰? ずっと側にいて恐い」と訴える…。

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人生はすぐに忘れられて
しまう短いパーティー

冒頭のテロップで「心臓の前に脳が壊れるすべての人へ」贈られ本作。70代後半の老々介護の日々を送りながら近づく死期の不安感が、2画面のスプリクトスクリーンで噛み合わない夫妻の心の綾をリアルに描いている。

重く辛いテーマだが、一方で夫は執筆中の著書の巻頭にエドガー・アラン・ポーが逝去した年に書かれた詩「夢のなかの夢」から「人生は夢のなかの夢にすぎないのか?」の一節を載せたいと友人と会話している。夫婦が、健康な時に夫妻が会話した一節だが、喪失と夢をテーマにしたポーのこの詩には、過去に経験した“夢”に留まらず、現在の事象さえすでに“夢”としか思われない心情が、11行2連それぞれの最後に提示されている言葉。

カンヌ映画祭のあらすじで監督は「人生はすぐに忘れ去られる短いパーティ」と本作を紹介したが、その侘びしさのなかにもポーの詩の言葉は不思議なカタルシスにつつんでくれる。【遠山清一】

監督:ギャスパー・ノエ 2021年/148分/フランス/フランス語・イタリア語/原題:VORTEX 配給:シンカ 2023年12月8日[金]よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開。
公式サイト https://synca.jp/vortex-movie/
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